安野光雅 作『天動説の絵本 てんがうごいていたころのはなし』福音館書店、1979年、p.26, 27
安野光雅①『さかさま』—だまし絵の世界で自分の考え方を見つけよう
安野光雅 作・絵『さかさま』福音館書店、1969年(画像提供:福音館書店)
まずご紹介するのは、安野氏のデビュー作『ふしぎなえ』に続いて、視覚のトリックを使って描かれた作品『さかさま』です。
一作目の『ふしぎなえ』は、錯覚を用いた版画の巨匠・エッシャー(※1)からインスピレーションを受けて、だまし絵だけでつくられた文字のない絵本です。本作はたちまち人気となり、国内外で数多くの賞を受賞しました。
安野氏のデビュー作『ふしぎなえ』 (安野光雅 絵『ふしぎなえ』福音館書店、1968年、画像提供:福音館書店)
二作目の『さかさま』も、視覚のふしぎに注目していますが、前作との大きな違いは、ストーリーが書かれている点です。
安野光雅 作・絵『さかさま』福音館書店、1969年、p.10, 11
読者は、ジョーカーたちにいざなわれ、トランプの国へと入り込みます。しかし、この国では、トランプの兵隊たちがお互いを「さかさまだ」と言い合い、何百年もけんかを続けていました。
どちらが上か下か分からないトランプの特性に注目した、オリジナリティあふれる物語です。
上の画像を見ると、階段の上にいるキャラクターがまっすぐ立っていて、下側は逆になっているように思えます。ところが、絵本をさかさまにすると、階下の人々も地面にしっかりと立っているのです。
安野光雅 作・絵『さかさま』福音館書店、1969年、p.16, 17
正確に計算されただまし絵と、水彩絵の具で写実的に描かれた風景を眺めるうちに、ファンタジーが現実味を帯び、どちらが正しいのかあいまいになってきます。
ついに、お城の王様も巻き込んで「だんへ だんへ(変だ 変だ)」と言い争うトランプの兵隊たち。果たして決着はつくのでしょうか?
安野光雅 作・絵『さかさま』福音館書店、1969年、p.24, 25
上のページで印象的なのは、上下に分かれた人々の容姿や仕草が、よく似ていることです。ストーリーの中盤までは、両者の違いに目が留まりますが、終わりに差しかかるほど、「実は共通点が多いのではないか」と気がつきます。
「なぜ同じ世界の住人なのに争っているのだろう」と疑問が浮かんでくるかもしれません。
語り手のジョーカーは、物語の最後に、「さて みなさん どちらが さかさまでしたか?」と問いかけます。自分たちと違うという理由で争う兵隊たちの姿が、現代を生きる私たちを映し出しているようにも感じられるでしょう。
安野氏は、アトリエの取材で、「子どもたちに、もっと、たくさん本を読んでほしいんだ」と話しています。
「テレビで言っていたから」など、判断を人任せにするのではなく、自分で考えるくせをつけて、世の中にいろいろな考え方があることを知ってほしいと語ります。(※2)
『さかさま』は、おかしなキャラクターと面白いしかけを入り口に、自ら思考する大切さを教えてくれる作品です。
(※1)マウリッツ・コルネリス・エッシャー(1898〜1972)は、オランダ出身の版画家。卓越した技術で、だまし絵や不可能図形を題材にした作品を制作しました。版画の表現にこだわり続け、生涯で400点以上の作品を残しています。
(※2)引用・参考:福音館書店 母の友編集部『絵本作家のアトリエ 2』福音館書店、2013年、p.144
安野光雅②『旅の絵本』—よく観察して無限大の物語に出会ってみよう
安野光雅 作『旅の絵本Ⅲ(イギリス編)』福音館書店、1981年(画像提供:福音館書店)
ひとりの旅人が世界各地を訪れ、その土地の文化や暮らしに出会う様子を描いたシリーズ『旅の絵本』。
上空から景色を見下ろす視点が特徴的で、目をこらすと、ひとつの場面でいくつものエピソードが展開されていることが分かります。文字のない作品で、じっくりと風景を味わえるのが魅力です。
今回は、展覧会ですべての原画が公開される『旅の絵本Ⅲ(イギリス編)』をピックアップしてご紹介します。
安野光雅 作『旅の絵本Ⅲ(イギリス編)』福音館書店、1981年、p.10,11
上のページは、のどかな村と青々とした草原が広がる、どこか懐かしさのある風景です。全体をパッと見て楽しむこともできますが、実は見どころがいくつもあります。
たとえば、右上にはイギリスの世界遺産ストーンヘンジがのぞいています。視線を中央の下のほうに落とすと、灰色の服を着た3人の人物がいます。彼らが身につけているのは、ウェールズ地方の民族衣装です。
3人の前に腰かけてお菓子を売るおばあさんと、右の川付近で豚に乗る少年は、『マザーグース』というイギリスの伝統的な子どもの歌の本に登場する人物です。
この見開きだけでも、イギリスの文化が多彩に表現されていると伝わってきます。
安野光雅 作『旅の絵本Ⅲ(イギリス編)』福音館書店、1981年、p.20, 21
さらに、風景のあちこちに、作者の遊び心があふれています。賑やかな家畜の品評会のシーンには、なんと安野氏が手がけた『ABCの本』を見ている子どもが。どこにいるか見つけられるでしょうか?
ぜひ本書を手に取って、探してみてくださいね。
ほかにも、隠し絵やだまし絵が描き込まれたシリーズもあり、安野氏の絵本表現の集大成とも評されています。
安野光雅 作『旅の絵本Ⅲ(イギリス編)』福音館書店、1981年、p.26, 27
安野氏がヨーロッパへ向かう旅で、着陸間際の飛行機から眺めた景色に着想を得て生まれた本作。
彼は、自伝のなかで、「わたしたちは西洋と東洋のちがいばかり目が行くが、よく考えてみると、違うところよりも同じことのほうが多い」と気づきを綴っています。
また、それぞれの国やそこで生活する住人によって、異なる毎日を送っていると感じたことから、「一千もの人々の暮らしが詰まった『旅の絵本』を描きたいとおもった」と語っています。(※3)
全体を一望したり、じっくり時間をかけて観察したりと、さまざまな楽しみ方ができる『旅の絵本』。開くたびに発見があり、読者が新たに物語をつくることもできます。ゆっくりと観察して、無限大のストーリーに出会ってみてくださいね。
(※3)引用・参考:安野光雅『絵のある自伝』文藝春秋、2021年、pp.190-191
