安野光雅③『天動説の絵本』—惑星の動きをめぐる歴史をたどってみよう
安野光雅 作『天動説の絵本 てんがうごいていたころのはなし』福音館書店、1979年(画像提供:福音館書店)
地球を含めて、すべての惑星が太陽の周りを回っているという考え方である地動説は、今では常識となっています。ところが、15世紀半ばまでのヨーロッパでは、異端とみなされ、受け入れられるまでに長い年月がかかりました。
「地球ではなく、天体が動いている」と信じていた人々が、世界をどのようにとらえ、地動説をめぐってどんな歴史をたどったのか。その過程を丁寧に描き出したのが、『天動説の絵本』です。
安野光雅 作『天動説の絵本 てんがうごいていたころのはなし』福音館書店、1979年、p.10,11
かつての人々は、太陽や月が貼りついた丸天井が地球を覆っていて、天井が回ることで惑星の位置が変わると考えていました。
また、地の果てまで歩いていくと、海に出るとは分かっていましたが、その向こうは絶壁で、海水が滝のように流れ落ちていると思っていたそうです。
この絵本の特徴は、水平線が平らだったところから、ページをめくるごとにだんだんと丸みを帯びてくる点です。当時の暮らしを描くだけでなく、彼らの考え方までも風景で表現しているといえます。
安野光雅 作『天動説の絵本 てんがうごいていたころのはなし』福音館書店、1979年、p.26, 27
長い間、天が動いていると信じられていましたが、1543年に、ポーランドの学者コペルニクスが『天体の回転について』という本を執筆したことで、歴史が大きく動きます。
コペルニクスは、「地めんはまるい。そして、天の星が動くのではなくて、わたしたちの立っている地めんのほうが動くとかんがえたほうがいい」と地動説を主張しました。(※4)
このページを境に、水平線だけでなく、地面そのものが球体に変わっていきます。15〜17世紀の大航海時代には、船乗りたちの間で「地面は丸いのではないか」と噂され、各地でも新しい考え方が話題になったことがうかがえます。
しかしながら、これまでと正反対の考え方である地動説は、容易には受け入れられず、支持した人々が裁判にかけられたり、刑に処せられたりと、痛ましい出来事が起こりました。
安野光雅 作『天動説の絵本 てんがうごいていたころのはなし』福音館書店、1979年、p.34, 35
コペルニクスが地動説を主張してからおよそ300年も経過した1851年、フランスの物理学者フーコーが、有名な振り子の実験を行います。(※5)
上のページでは、重量のあるおもりをつけた巨大な振り子をゆらし、だれもさわっていないのに、少しずつ向きを変えて1回転する様子が描かれています。地球が1日に1回自転していると証明した瞬間です。
地動説が正しいと示されたことを表すように、地面は完全に球体になっています。
安野氏は、本当の意味で地動説が分かるとは、「天動説時代に人々はなにを考え、どのような暮らしをしていたかを理解することができるか」が肝心だと語ります。
また、真理に近づくためには、天動説は必要なプロセスで、当時の人々が誤っていたことを理由に、古い時代を馬鹿にするような考え方が少しでもあってはいけないとも話しています。(※6)
自ら考えるところから一歩進んで、いろいろな意見や立場を理解しようとする姿勢の大切さを伝えてくれる絵本です。
(※4)引用:安野光雅 作『天動説の絵本 てんがうごいていたころのはなし』福音館書店、1979年、p.26
(※5)「フーコーの振り子」は、国立科学博物館で同じ装置を見ることができます。
(※6)安野光雅 作『天動説の絵本 てんがうごいていたころのはなし』福音館書店、1979年、pp.46-47
安野光雅氏の絵本が伝える「考える力」
この記事では、「生誕100周年記念 安野光雅展」で展示される代表作3つをピックアップし、見どころと作品に込められたメッセージをたどってきました。
細やかに描き出された人々と風景が魅力の安野氏の絵本ワールド。その背景には、自分で考えることの大切さと、さまざまな価値観を理解する姿勢がありました。
本展では、原画約130点に加えて、絵を拡大したり、立体にして視点を変化させたりといった多彩なしかけを通して、安野氏のメッセージを体感できます。
お子さんと一緒に、ふしぎと発見に満ちた絵本の世界を、全身で味わってみてくださいね。
