ロス疑惑や大阪地検特捜部の証拠改ざん事件など、数々の有名事件を担当し、「無罪請負人」とも呼ばれてきた弘中惇一郎弁護士。
メディアを通じて伝えられる「闘う弁護士」のイメージとは裏腹に、自宅にはアトリエを構え、たびたび個展も開いている。都心にある事務所の壁には、風景や動植物を描いた油絵が並ぶ。
絵を描くことと、刑事事件の弁護活動はどう結びついているのか。そんな問いを投げかけると、思わぬ答えが返ってきた。(ライター・根岸愛実)
●描くのは、力強さや生命力を感じる存在
菜の花が描きたくなって、泊まり込みで鴨川へ。ナマケモノを描くために朝一番で動物園に向かい、ひまわりのために昭和公園を訪れる。思い立つと、フットワーク軽く「現場」に赴く。
サハラ砂漠でテント泊をしたこともあり、その光景を描いた大作がオフィスに飾られていた。御年80歳とは思えないバイタリティだ。
「描きたくなるのは、力強いもの、生命力あふれるもの」
そうした存在に自然と惹かれる傾向がある、と自己分析する。
母校・修道高校の卒業60周年に合わせ、2024年に広島で開いた個展では、朝の光を浴びてピンク色に染まるナイアガラの滝や、冬に凍りつく茨城県の袋田の滝などを描いた「滝シリーズ」、そして「フラミンゴ+鶴シリーズ」を中心に出品した。
フラミンゴの作品は、鮮やかな原色で大胆に描かれたものもあれば、ニンジンが空から降る中に立つというファンタジー性のあるものもあり、それぞれに強い個性とインパクトがある。

人物画は多くないが、自身が弁護したカルロス・ゴーン氏の肖像も出品した。こちらを指差し、口を縦に開いたゴーン氏が、何かを訴えているように見える一枚だ。
当時、たびたび事務所を訪れたというゴーン氏について、弘中さんはこう振り返る。
「突如として消え失せてしまったが、怒りの念は、今もこの事務所を漂い続けている感じがする」
●絵を描くことは「一種の自己表現」
描くのは、視覚的にわかりやすい具象画だけでない。心に浮かんだものを形にする抽象画も少なくない。たとえモデルがある絵でも、見たままを写し取ることはしないという。
「写真のように描くことに意味はない」
自分の感性で対象を受け止め、形にし、色を付けていく。
絵筆を取るのは、決まって「エネルギーが湧いた時」だけ。油絵具を乾かしながら、数日かけて仕上げる。その過程で、最初に思い描いていたイメージは少しずつ変化していく。
描きたいと強く感じながら、最後まで完成させられなかった作品もある。その一つが、ギリシャのサントリーニ島で目にした、海辺の絶壁に白い建物が連なる風景だ。
現地で簡単なスケッチはしたものの、帰国後、いざ絵にしようとすると、納得のいく色や形で捉えることができなかったという。

弘中さんにとって、絵を描くことは、義務でも日課でもない。描きたい時に描く。いわゆる「趣味」という位置付けとも少し違うようだ。
「一種の自己表現ですね」

