信頼できない現実と向き合う
「ねえ、健太」
ゆっくりと、言葉を選ぶ。
「あなたが困ってたなら、相談してほしかった。お金のことだって、一緒に考えられた」
健太は、何も言えない。
「でも、黙って盗む選択をしたのは、あなた」
その言葉に、健太の肩が小さく震えた。
しばらくの沈黙のあと、恵は続ける。
「今回のことで、離婚とか、どうこうするつもりはない」
健太が、驚いたように顔を上げる。
「……でも、信頼は確実に傷ついた」
恵は、はっきりと言った。
「だから、これからは対策を取る」
その夜、二人は具体的な話をした。
健太の小遣いを、ほんの少しだけ増やすこと。
使途不明にならないよう、家計の見える化を進めること。
封筒貯金の場所を変え、恵のみが把握・管理すること。
「信用は……もう、ないってことだよな……」
健太が呟く。恵は、否定も肯定もしなかった。
「信用は、壊れたら戻すのに時間がかかるものだから」
それだけを、伝えた。
翌日から、生活は表面上、元に戻ったように見えた。
莉子は変わらず笑い、健太も普段通り仕事へ向かう。
けれど、恵の中では、確実に何かが変わっていた。
──万が一に備える。
それは、疑うことではなく、守ること。
自分と、娘の生活を守るための選択だった。
封筒貯金は、場所を変えた。
帳簿は、つけ続けている。
そして何より、「曖昧にしない」という姿勢を、恵は手放さなかった。
夜、眠る莉子の寝顔を見つめながら、恵は思う。
家族だからこそ、信じるだけでは足りない時もある。
見ないふりをしないこと。向き合うこと。
それが、家族を続けるために必要な覚悟なのだと。
封筒貯金が消えた出来事は、恵にその現実を、静かに突きつけていた。
あとがき:信じることと、守ることは違う
恵が選んだのは「許す」でも「なかったことにする」でもなく、
信頼が壊れた事実を受け入れた上で、生活を守る道でした。
家族だからこそ、信じるだけでは足りない時がある。
向き合い、曖昧にしないこと。この物語は、封筒貯金の話でありながら、
多くの家庭に潜む“見ないふり”への問いでもあります。
※このお話は、ママリに寄せられた体験談をもとに編集部が再構成しています。個人が特定されないよう、内容や表現を変更・編集しています
イラスト:まい子はん
記事作成: tenkyu_writing
(配信元: ママリ)

