決着はついた、それでも戦いは続く
祐介は、震える手でペンを握り、自分の名前を書き込みました。
彼の涙が契約書の一部を濡らし、文字をにじませましたが、私はそれを拭うこともしませんでした。
正直に言えば、一度でも不倫をされた相手を、再び心から信頼することなど一生できません。彼がどれほど、献身的にふるまおうと、私の脳裏には、常に「女性を指名してホテルに入る夫の姿」が焼き付いています。
彼がスマートフォンの通知におびえ、私の顔色をうかがいながら暮らす日々が始まりました。
私はそれを、当然の報いだと思っています。協力していた同僚とは、私の目の前で電話をさせ、今後、私生活で一切の接触を断つことを宣言させました。
また、彼が風俗に浪費してきた金額を詳細に算出し、その穴埋めとして、家庭内での金銭的自由を、一切うばいました。彼は文字通り、働くためだけの「機械」になりました。
かつて夢見た、あたたかく、互いを信頼し合う「理想の家族」は、もうどこにもありません。
今ここにあるのは、「契約書」という名の鎖によってつなぎ止められた、もろくいびつな共同体です。それでも、娘が、何不自由なく成長できるのであれば、私はこの「仮面夫婦」を演じ続ける覚悟ができています。
私が選んだ、孤独だけどしあわせな人生
夫は、必死に誠意を見せようと、なれない家事や育児に奔走しています。私はその姿を冷ややかに観察しながら、もし、彼が再び道を誤った瞬間、彼の頭上に振り下ろすための「重い刃」を、心の奥底で研ぎ続けています。
愛が消えた後の暮らしは、意外にも静かで機能的でした。
私は、以前よりもずっと強く、かしこくなりました。もう、夫の帰宅時間に一喜一憂することも、愛されているか不安になることもありません。
彼がどこで何をしていようと、私には、彼の弱みを握る「誓約書」があるのですから。私は、娘を抱き上げ、窓の外の景色をながめました。
空の色は変わりませんが、私が見る世界は、あの日以前とは、まったく異なる色に染まっていました。
「ATM」としての夫を徹底的に利用し尽くし、娘のしあわせを一番に守り抜く…。
それが、私が選んだ、孤独で、それでも、しあわせな「母親」としての人生。

