シャンパンと括約筋|佐藤友美

シャンパンと括約筋|佐藤友美

美容ライター&コラムニストの佐藤友美(さとゆみ)が、きたるべき50代を、なるべく明るく楽しく最小限の痛手で迎え入れるために、尊敬する先輩や頼もしい識者の方々に話を伺いながら右往左往するコラムです。

酒と女と自己肯定感

4年前のことである。

その日、私は美しい先輩と、渋谷の高層ビルの最上階で昼間からシャンパンなぞ飲んでいた。
当時私は45歳で、やっと離婚が成立したところで、背中に羽が生えていた。そのうえ、どんな風の吹き回しか人生初のモテ期が到来していて人生最高に調子に乗っていた。

いやはや神様ついに私の時代が到来ですか。人生100年時代、後半にピークがくる系でしたか、そうでしたか。なんて、だいぶ浮かれぽんちだったと思う。
だから、「最近、めっきり歳を感じる」という先輩の話を、最初のうちはそこまで真剣に聞いていなかった。

その方は、アンニュイな雰囲気の美人だ。考え事をするときに眉根を寄せるクセがあって、それがたまらん色っぽい。中森明菜さん似の声もエロくて、一緒にカラオケ行ったら、女の私でもドキドキする。
ご主人もお子さんもいるけれど、いまでも相当モテてるだろうなと思うそんな彼女が、「歳を感じる」っていってもねえ、あなた。ただの謙遜だと思うじゃないですか。

ところが、先輩の話はもうちょい深刻だった。
50歳を超えた瞬間、急に自分が女として見られなくなったと感じる。仕事でも(先輩はバリキャリで、業界でも名が知れたトップランナーだ)、以前のように絶対的に必要とされている感を感じないと言うのだ。

印象的だった話がある。
あるミーティングで、先方が「女性の意見も聞きたい」と言ってきたらしい。そこで、端から順に女性社員がそれぞれの意見を発表した。先輩ももちろん、何を話そうか考えながら順番を待っていたんだけれど、最後に自分一人残して、「なるほど、女性陣の意見はよくわかったよ、ありがとう」と言われてその話が終了したというのだ。

あー。
それは……つらい。

先輩は話を続ける。

自分だけではない。周りの50代を迎えた女子たちが、一様に自信をなくしてしょぼんとしているという。これまで自己肯定感の塊だったような女性たちも、50歳を超えておこる様々な変化に、ドンと落ち込んでいるのだとか。
それは、更年期障害とか、そういうことですかと聞くと、そういうことだけではないという。ありとあらゆることが、50歳を境にオセロをひっくりかえすようにネガになっちゃうんだよ、と。

その力説を聞いても、このときはピンとこなかった。50歳という年齢を迎えるにはまだ、時間があると思ったこともあるし、なにより浮かれポンチだった私には、未来が全体的にバラ色に見えていた。
だから、この場にめちゃくちゃそぐわない言葉を言ってしまったと思う。

「でもそれ、気の持ちようだと思います。私の周りには、50代でも元気な女性がいっぱいいますよ。先輩だってめちゃくちゃ綺麗じゃないですか。大丈夫ですよ。もっと元気出してくださいよううう!(もう酔ってる)」

で、私、この浅はかな言葉をすぐに反省することになるのです。
彼女が話していたのは、そういう次元の話では、なかったのだ。
そして、私にとっても、そう遠い未来の話では、なかったのだ。

50代クライシスとはいったい何か

先輩との話は、脳みその端っこのほうに残っていた。

それまでは一度も考えたことがなかった「50歳で下がる自己肯定感」というワードをインプットされた私、そこから突然、ミッドライフクライシスの話ばかりを聞くことになる。

シャンパン会の次の日のことだった。
私は、同い年の子どもを持つママ友とおしゃべりをしていた。彼女、だいぶ歳下だと思いずっとタメ口で接していたのだけれど、なんとびっくり5歳も歳上だったということが先日判明した人だ。
そんな、見た目40歳・実年齢50歳の彼女に、先輩から聞いた話をしてみる。きっと彼女なら、40も50も全然変わらないよと笑い飛ばしてくれると思ったからだ。

ところが。

「その話、わかるわあ~。50歳になるとね、老化とかじゃなくて、もう、死を感じるのよ」
と言う。
もう、ドキっとする。心臓に悪い。やめてくれ。

死を感じるって、どんなところで? と聞くと、お尻の話だ、という。

「40代のときって、お尻が垂れてくるっていうと、あの左右に分かれた桃の部分を思い浮かべるでしょ?」
「う、うん」
「50代のお尻の垂れ方って違うんだよ。あのさ、真ん中の穴のあたりが垂れてくるわけ。銭湯とかで、おばあちゃんのお尻見るとさ、真ん中が落ちてるでしょ」
「お、おう」
「あれに、なるんだよ」
「……」
「もうさ、劣化じゃなくて老化だし、老化どころか死の訪れを感じるよ」
「……」

スポーツで日頃身体を鍛え上げている彼女は、私から見てもめちゃくちゃ若い。そんな彼女でさえ50歳を迎えると、そう思うのか……。

彼女の話は思いのほか、私にダメージを与えた。なんとなくどよーんとした気持ちのまま、予約していたまつエクサロンに行ったのだが、ここで私は、第2撃をくらった。

「佐藤様。申し上げにくいのですが、まつ毛がずいぶん抜けて本数が少なくなっているのですよね。エクステンションを続けると、まつ毛に負担がかかりますので、そろそろ違う方法をお考えになってはいかがでしょうか……」

そ、それって、年齢的なものですか? とおそるおそる聞くと、
「そうですねえ。やはり、みなさま、だんだん細く少なくなりますので……」
と、担当のおねーさんが、目を合わせずに言う。
そうか、私のまつ毛はもう、極細極軽を売りにするエクステ数ミリグラムの重みにすら耐えられるポテンシャルがないのか。
なんだか、どっと老けた気持ちになった。

続く時は続くものだ。

その日の夜、私は大変よくおモテになる歳下の男性にお食事に誘われていた。

彼は、今の自分の仕事や今後のキャリアについて熱心に話をしてくれ、「やばいな、美しい男性が仕事の話をしているだけで、エロいな」とか思いながら、おいしい食事をいただき、楽しい時間を過ごしていた。
帰り際、「またすぐ、日程出して連絡します」と言っていた彼。いやあ、最高だなって思いながら家に帰ってお風呂に入っていたら、さっそく、ぴろりんとメッセが届いた。彼からだ。

メッセには、次の日程候補が並んでいる。
うん。それはまあ、それでいいのだけれど、その下に、

「さとゆみさんとの1on1(ワンオンワン)、最高でした。めちゃくちゃ思考が整理されました。また定期的にお願いします!」

と、ある。

をいっっ!!!!

あれはデートじゃなくて、コーチングだったのか!

どうりでずいぶん親切にされると思ったけれど、あれは好意ではなく年配者へのマナーだったのか。
奢ってくれてありがとうって思っていたけれど、いやコーチングならむしろ、もっと払え。なんなら、私のこの気持ちに対する慰謝料込みで払え。

浮かれた気持ちはしゅるしゅゆとしぼみ、お風呂からあがり際、何げなく鏡を振り返ると、自分のお尻と目が合った。……死んだおばあちゃんのことを思い出した。

この夜、私は、先輩の夢を見ました。

先輩、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
私も本日ちょっと、自己肯定感、下がりました。
私たち、こういうやつが、これからずっと、続くんでしょうか。

配信元: 幻冬舎plus

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