美術史を一気に変えた"革新的な技術"ベスト5

革新的な技術③写真:芸術の目的そのものを問い直した技術

ダゲール作『テンプル大通り』ダゲール作『テンプル大通り』, Public domain, via Wikimedia Commons.

1839年8月19日、フランス政府がルイ・ジャック・マンデ・ダゲール(1787-1851)の写真技術を世界に公開したとき、芸術界には衝撃が走りました。

それまで絵画の重要な役割の一つは、現実を正確に記録することでした。しかし写真の登場により、その役割は機械に取って代わられることになったのです。

写真技術の基礎を作ったのは、発明家のジョゼフ・ニセフォール・ニエプス(1765-1833)です。彼は1826年または1827年に、自宅の窓からの風景を撮影した世界最古の現存する写真を制作しました。露光時間は約8時間もかかりましたが、これが写真の誕生を告げる瞬間でした。

ニエプスは1829年にダゲールと共同研究を始めましたが、1833年に亡くなります。その後ダゲールが研究を続け、銀ヨウ化物を感光材料として使い、水銀蒸気で現像する方法を発見しました。これにより露光時間を大幅に短縮することに成功したのです。

写真の登場は、画家たちに深刻な問題を突きつけました。特に肖像画家への影響は甚大で、多くの画家が廃業に追い込まれました。しかし同時に、写真は芸術に新しい可能性をもたらしました。写真が「現実の記録」という役割を担うことで、画家たちは別の表現を模索するようになったのです。

印象派の画家たちは、写真では捉えられない一瞬の光の効果や、主観的な色彩表現に注目しました。また、写真の独特な構図やトリミングの効果は、エドガー・ドガなどの画家に影響を与えました。写真は記録の道具であると同時に、新しい視覚表現の可能性を開く媒体でもあったのです。

さらに写真は、科学研究や報道の分野でも革命を起こしました。天体現象の記録から戦争の現実の記録まで、写真は人間の視覚的知識を飛躍的に拡大させました。美術の世界においても、写真は単に絵画の脅威ではなく、新しい芸術メディアとしての地位を確立していくことになります。

革新的な技術④チューブ絵具:画家を屋外へ解放したシンプルな発明

チューブ絵の具チューブ絵の具, Public domain, via Wikimedia Commons.

1841年、アメリカ人肖像画家のジョン・ゴッフ・ランド(1801-1873)がロンドンで特許を取得した金属製の絵具チューブは、一見すると地味な発明に思えるかもしれません。しかしこの小さな容器が、19世紀後半の美術に与えた影響は計り知れないものでした。

それまで画家たちは、必要な分だけ顔料と油を混ぜ合わせ、余った絵具は動物の膀胱に保存していました。この方法には多くの問題がありました。膀胱から絵具を取り出すには注射器で穴を開ける必要があり、一度開けたら絵具はすぐに乾燥してしまいます。また、大量の絵具を持ち運ぶことは現実的ではありませんでした。

ランドの金属製チューブは、ねじ蓋で密閉できるため絵具が乾燥せず、絞り出すだけで簡単に使えるという画期的なものでした。この発明により、画家たちは必要な全ての色をチューブに入れて持ち運び、屋外で直接制作することが可能になったのです。

この技術革新が最も恩恵を受けたのが印象派の画家たちでした。クロード・モネ、ピエール・オーギュスト・ルノワール、カミーユ・ピサロといった画家たちは、自然の中で変化する光の効果を直接キャンバスに描き留めることができるようになりました。

モネ『日傘を持つ女』モネ『日傘を持つ女』, Public domain, via Wikimedia Commons.

ルノワールは「チューブ絵具がなければ、セザンヌもモネもシスレーもピサロも、そして印象派と後に呼ばれるものは存在しなかっただろう」と語ったといいます。

さらに、チューブ絵具の普及は19世紀に化学者たちによって開発された新しい顔料の使用も促進しました。クロムイエローやエメラルドグリーンといった鮮やかな色が簡単に手に入るようになり、画家たちは虹色のような豊かなパレットを使えるようになったのです。

ピサロは「少しずつ描くのではなく、あらゆる場所に色調を置いて、全てを一度に描きなさい」と助言しましたが、これはチューブ絵具があってこそ可能になった制作方法でした。

歴史家の中には、印象派の誕生をチューブ絵具だけに帰するのは単純化しすぎだという意見もありますが、この技術が画家たちの制作スタイルを大きく変えたことは間違いありません。アトリエという閉ざされた空間から解放された画家たちは、外光の下で自由に制作することで、新しい芸術運動を生み出していったのです。

配信元: イロハニアート

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