●警察官は来ても救急車は来ない
現金を渡しても、男たちとのやりとりは、まだ終わらなかった。
「今度は、落としてしまったエコバッグを奪われそうになりました。バッグには、会社のノートパソコンとiPadが入っていて、『俺のじゃないから返してくれ』と頼んだんだけど、『返さない』と言われました」
困ったと思っていたら、今度は「携帯を出せ」と言い出したという。
「たぶん、携帯を奪って110番通報を遅らせようとしたんじゃないですかね」
岸辺さんは2台の携帯を持っていたため、1台を渡した。現金、クレジットカード、パソコンなどを奪って満足したのか、男たちはそのままバイクで逃げ去った。たった数分間で起きた事件だった。
岸辺さんはすぐにもう1台の携帯で、110番通報した。まず警察が駆けつけ、現場検証が始まった。
「警察の人たちに何度も同じことを聞かれて、その度に『救急車呼びますね』って言われるんだけど、誰も救急車を呼んでくれなくて、そのうち、鑑識の人たちが現場に到着して現場の記録が始まりました」
岸辺さんは血を流したまま、痛みをこらえて警察官に状況説明するなどの対応を続けたという。結局、岸辺さんが救急車に乗ることができたのは、それから2時間後だった。
●診断結果に「警察の空気が変わった」
救急車に乗れたものの、今度は移送先の病院が決まらず、また待たされたという。その間、岸辺さんはクレジットカードの利用停止をしたが、すでに不正利用された後だった。
「救急車の中で電話すれば間に合うと思いましたが、甘かったです。向こうのほうが一歩早かった」
ようやく運ばれた救急病院で「全治1週間」と診断された。この事件が報じられたとき、岸辺さんが「軽傷」とされていたのは、この診断のためだ。
その後、捜査は進み、岸辺さんは警察に協力した。
「何度も聴取されたり、実況見分もやりました。警察署内の道場みたいな場所で、現場を再現するんです。建物の並びや僕が歩いていた方向、犯人がどこから現れたかとかを警察官と一緒に演じるんです。
『ここで殴られて倒れたんですね』『はい、そうです』と。で、『そのとき倒れたのはこういう姿勢でしたか?』って言われて、何回も同じように動かされて。でもその間、ずっと手が痛くて痛くて…。それでも警察官に『あと少しですから、頑張ってください』って言われてつらかったですね」
その日の午後、岸辺さんが別の病院の整形外科にかかったところ、手を骨折していたことがわかり、全治2カ月の重傷と修正された。
「殴られて転んだときにとっさに手をついたので、骨折したみたいでした。また警察に診断書を持っていったら、警察の人たちの空気が変わった気がしました。それまで強盗事件だったのが、より罪が重い強盗致傷事件になりました」


