大津絵と浮世絵の違いとは?
葛飾北斎《富嶽三十六景》『神奈川沖浪裏』, Public domain, via Wikimedia Commons.
江戸時代は日本美術の黄金期でもあり、狩野派や琳派、奇想の画家たちが活躍した時代。葛飾北斎や歌川広重に代表される風俗画「浮世絵」も大流行しました。
仏画から始まったものの風俗画の側面を持つ大津絵は、浮世絵と近しいジャンルとして扱われることも。ここでは、大津絵と浮世絵の特徴を表で比べてみましょう。
| 大津絵 | 浮世絵 | |
| 目的 | お土産、護符、縁起物 | 大衆向けの娯楽メディア |
| 題材 | 仏画、民話に着想した戯画、風刺画、教訓を含む世俗画など | 美人画、役者絵、風景画、花鳥画、戯画、春画など、なんでもアリ |
| 作り方 | 主に手描き。現代では版画もある | 主に木版画。手描きの肉筆画もある |
| 著名な絵師 | 特になし。工房で働く人々は絵師というより職人だった | 喜多川歌麿、東洲斎写楽、葛飾北斎、歌川広重歌川国芳など多数 |
| 地域 | 滋賀・大津 | 江戸 |
| 販売戦略 | 大量生産して価格を下げ、土産物として販売 | 人気絵師を起用するなどブランド化 |
浮世絵は版元が「売れそうな企画」を考えて戦略的に展開したのに対し、大津絵は手軽に買えるお土産という立ち位置でした。作者の名前が残らず誰が描いたのか分からない点は惜しいですが、ユーモラスな絵を眺めながら作者の気持ちを想像してみるのも、面白いかもしれません。
大津絵の代表的なモチーフ5選
全盛期の大津絵には約120の画題があり、江戸後期には「大津絵十種」として10の画題に絞って制作されました。
多彩な大津絵のモチーフのなかから、現代の展覧会でも見かける5つを選び、紹介していきます。
①仏画
《金剛夜叉》, Public domain, via Wikimedia Commons.
阿弥陀仏や観音菩薩、青面金剛など、初期の大津絵には神仏に関するモチーフが描かれました。安価で購入できる縁起物として人気となったほか、前述のとおりキリシタンでないことの証としても求められました。
仏画では1枚の絵に複数人を収めることがあり、省力化のためかスタンプで同じ顔を繰り返し登場させた大津絵もあります。
②鬼
《鬼の念仏》, Public domain, via Wikimedia Commons.
大津絵といえば「鬼」、というくらい定着したモチーフ。作中では鬼が人間のような仕草をして、見る人の笑いを誘います。
大津絵において、鬼は主に風刺画で登場します。たとえば、僧侶の格好をした鬼が念仏を唱える「鬼の念仏」は、冷酷な人が形だけの善行をする偽善を風刺。三味線を弾く「鬼の三味線」は、お酒や遊興に溺れていると身を滅ぼす、つまり怠惰を戒めた画題と言われています。
鬼はどこか人間らしい姿で描かれ、滑稽ながら親近感を覚えるのではないでしょうか? 親しみやすい大津絵ならではの鑑賞ポイントです。
③藤娘(ふじむすめ)
《藤娘》, Public domain, via Wikimedia Commons.
大津絵の美人画といえば「藤娘」の画題。黒い着物と笠を見にまとう女性と藤の花がともに描かれます。大津絵としては華やかな画題で、良縁の護符として求められました。
ちなみに、歌舞伎の「藤娘」は大津絵に着想した演目。もともとは、大津絵に描かれたキャラクターたちが画面から飛び出して踊るというもので、1人の踊り手が藤娘、天神、奴、船頭、座頭の5名を演じていました。そのうち「藤娘」だけが独立して上演されるようになり、今に至ります。
④鷹匠
《鷹匠》, Public domain, via Wikimedia Commons.
鷹を腕に乗せた鷹匠のモチーフも、大津絵の人気画題です。男性は若い美男子…つまりイケメンとして描かれました。素手に足袋という軽装で描かれることが多く、現実の鷹匠をモデルにしたというより、男性のカッコよさを描きたかったのでは、と言われています。
鷹匠の大津絵は、五穀豊穣の護符としても人気がありました。鷹は穀物をついばむ鳥を捕まえる性質があるため、そのような意味が生まれたとされています。
⑤猫と鼠
《猫と鼠》, Public domain, via Wikimedia Commons.
大津絵十種には入りませんが、「猫と鼠」も大津絵の人気画題です。猫に勧められるままお酒を飲むネズミと、酔って油断したネズミを狙おうとする猫がユーモラスに描かれています。
敵を目の前に呑気にお酒を飲む愚かさを表しているのでしょうか? 「猫と鼠」は風刺画とされていますが、さまざまな解釈が考えられるので、自由に想像してみるのも面白いかもしれません。
また、ねずみがお酒を勧めて猫が飲む大津絵もあります。この場合は、猫をお酒に夢中にさせて逃げる時間を稼ごうとする、ねずみの賢さも読み取れるように思います。
