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朝は元気なのに、時間が経つにつれ力が入らず体が重い―「怠けている」と誤解されやすい難病「重症筋無力症」とは

朝は元気なのに、時間が経つにつれ力が入らず体が重い―「怠けている」と誤解されやすい難病「重症筋無力症」とは

「朝は元気なのに、夕方になると鉛のように体が重い」「物が二重に見えたりまぶたが下がってきたりする」――こうした症状に心当たりはありませんか?重症筋無力症(MG)は、免疫の異常により筋肉に力が入りにくくなる難病です。若い世代でも発症し、日本には約2万9000人の患者さんがいると推定されています。Johnson & Johnson(ヤンセンファーマ株式会社)は、2025年11月12日に全身型重症筋無力症治療薬「アイマービー(一般名:ニポカリマブ)」の発売に伴う記者説明会を開催。その中で、見た目では分かりにくく、周囲に理解されにくいこの病気について、病歴22年の渡部寿賀子さんが、病気の実態や病と共に暮らすということ、「患者にとっての薬とは」といったテーマで講演しました。渡部さんのお話を再構成してお伝えします。

長根 百合子

監修医師:
長根 百合子(総合花巻病院)

総合花巻病院 脳神経内科 部長。1994年岩手医科大学医学部卒業。同大学神経内科勤務を経て、2006年より総合花巻病院に勤務。日本神経学会専門医・指導医、日本神経治療学会評議員、日本神経免疫学会評議員。重症筋無力症診療ガイドライン作成委員会研究協力者、Japan MG Registry study group事務局を務め、全国筋無力症友の会顧問としても患者支援に尽力している。

渡部さん

闘病者プロフィール:
渡部 寿賀子(わたなべ すがこ)さん

一般社団法人 全国筋無力症友の会 会員。2003年、29歳で重症筋無力症を発症。「全身型・抗アセチルコリン受容体抗体陽性・胸腺腫あり」のタイプで、病歴は22年(2025年現在)。2005年にはクリーゼ(呼吸不全による危機的状態)も経験した。2007年、自身の体験をイラストと文章でまとめた著書『重症筋無力症とほほ日記』(三輪書店)を出版(2019年に改訂版を出版)。現在は大学研究機関の職員として広報業務に携わりながら、病気の啓発活動に取り組んでいる。

重症筋無力症とは―免疫の異常によって体に力が入らなくなる病気。例えるなら…「充電がすぐ切れるスマートフォン」

私は2003年、30歳を目前にした頃に重症筋無力症(以下:MG)と診断を受け、病歴は22年になります。

最初に異変に気づいたのは、目の症状からでした。友達から「目の焦点が合ってない」と指摘されたんです。そうこうしているうち、朝は目がぱっちり開いているのに夕方になるとまぶたが下がってくるようになり、車の運転中に目を開けていられなくなりました。今思うと、交通事故を起こさなくて本当に良かったです。最初は目の病気かと思い、眼科に行こうとしていました。

しかし、私の場合は、異変に気がついてからあっという間に症状が全身に現れました。食事をしていると顎が動かなくてだんだんかめなくなったり、普段持っているカバンや鍋が異様に重たく感じたり、頭の重さを支えられず首がうなだれてしまったり、階段を昇るのに太腿が上がらなかったり。2~3週間で次々と症状が現れて、3日間で三つの病院を回りました。人によっては長い時間をかけて症状が全身に広がったり、なかなか診断がつかずに適切な治療を受けられなかったり、という話も聞きます。私は、診察してくださった先生が次々と紹介状を書いてくださったおかげで、比較的早期に診断を受けられました。そこは、本当に幸運でした。

全身の力が入らないと、衣食住のあらゆる場面で困難が生じ、それまでの生活を維持することができなくなります。私は発症当時、一人暮らしをしていたので、仕事だけでなく、炊事、洗濯、買い物といった家事や、身の回りのこと、さらには行政手続きなど、あらゆることを自分でやらなければなりませんでした。外出先ではコンビニなどのまぶしい照明に目を開けていられないのでつば付きのキャップをかぶったり、室内でもサングラスをかけたりしてきました。自宅の鍋やスプーンまで軽いものに変えたり、前開きの脱ぎ着がしやすい服を買ったり、畳から椅子とベッドの生活に変えたりするなど、生活様式の「総入れ替え」も必要でした。

この病気は、神経からの信号が筋肉まで伝わりにくい状態になっていることで、体のあちこちが脱力してしまうのが特徴ですが、随意筋が完全に麻痺しているわけではありません。ざっくり例えるなら、「すぐに充電が切れてしまうスマートフォン」のような感じです。使えば使うほど、その部位の力が入らなくなる。でも少し休むと回復したりするので、周りの人には非常に分かりにくい。「ここが不自由です」と伝えることがとても難しい面があります。パッと見ただけでは、運動機能の病気を持っていることが全くわからないため、職場や学校でも「怠けている」と思われてしまうこともありますし、私自身、家族や友達の理解を得ることも容易ではありませんでした。

「生きているだけで奇跡」と感じた“クリーゼ”の体験

発症から3年目の2005年には、クリーゼという危機的な状態も経験しました。太腿に火傷を負ったことをきっかけに全身の症状が急速に進み、自力でお薬を飲み込む力も落ちてしまいました。ある朝、お薬を飲むときにむせて、飲み込むことも吐き出すこともできなくなり、救急車を要請。入院直後から人工呼吸器を装着して急性期の治療を受けることになりました。

その後2週間は人工呼吸器を気管まで挿入していて、声も出せない、寝返りも打てない状態でした。自分にとっては1分1秒が非常に長く感じられて、「これはまさに生き地獄だな」と天井をながめながら思っていました。

しかしそこで気づいたのは、「生と死は紙一重。人間は生きているだけで奇跡なのだ」ということです。先生方や看護師さんたち、スタッフの皆さんに助けていただいて命拾いをしましたが、お薬や医療機器も含めて、これらがなかったら自分は死んでいたかもしれません。今自分がここに存在しているということ自体がすごいことだと、そのとき初めて感じました。

一方で、存在しているだけでは“生きて”いけないのが人間だと思います。自分の存在を周囲や社会に認めてもらっている実感や、自分自身も大事に思う何か、人や社会との繋がりがあることが必要です。また、患者も当たり前に生活をしていかなければならない生活者であり、社会を構成する社会人であるということ。学生であれば勉強もしたいし、子どもを育てていかなければならない人もいます。自分が病気を持つ身でありながら、介護をしている人もいます。生きていくために、やはりお薬や治療が必要なのだと思っています。

配信元: Medical DOC

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