
時代劇専門チャンネルのオリジナル時代劇シリーズ最新第9作「三屋清左衛門残日録 永遠(とわ)の絆」が、3月7日(土)夜7:00より時代劇専門チャンネルにて放送される。
本作は、藤沢周平の傑作小説を北大路欣也主演で映像化した2016年から続く人気時代劇シリーズ。前藩主用人の職を退き、隠居した三屋清左衛門の第二の人生を、身の回りに起こるさまざまな出来事とともに描く。
WEBザテレビジョンでは、本作で物語の鍵となる、ある悲劇によって人生を翻弄されながらも、つましく生きる若き夫婦・結城友助役の佐藤流司と、その妻・はなえ役の山谷花純にインタビューを実施。
長年続く同シリーズに挑んだ佐藤と山谷に、役柄についてや時代劇への思い、自身の“希望の光”などを語り合ってもらった。
■山谷「自分の手で経験しないと見えてこないものがある」
ーーまずはそれぞれの役柄について教えてください。
佐藤:これまでは闇を抱えた役や悪役をいただく機会が多く、今回のような真っ直ぐで誠実な好青年を演じる機会はあまりなかったので、本当にありがたい経験をさせていただきました。台本を読みながら「自分もこうありたい」と自省するほどで、自分にないものを持っている友助を演じることは、私にとって新しい挑戦であり、素晴らしい出会いとなりました。
山谷:私は台本にあった着物を仕立てるシーンでの「一針一針が愛おしくて」という言葉の真意をつかみたくて、撮影のない日もホテルでずっと裁縫の練習をしていました。実際に自分の手を動かして縫い進めるうちに、文字だけでは想像できなかった優しさや、胸が痛くなるような悲しみが自然と湧き上がってきたんです。縫っている時間は、はなえとの距離がどんどん近くなっていくような気がして、とても良い経験になったなと思います。やはり自分の手で経験しないと見えてこないものがあるのだなと、はなえという役を通して改めて勉強になりました。
ーー演じる上で、他にアプローチの仕方で工夫したことはありますか?
佐藤:とても悲しい役だったので、演じる側としてはあまり悲しみ過ぎないようにしようと。“自分、悲しんでます”と演じてしまうと、見てくださる方が冷めてしまうと思ったので、それでも強く生きようとする心の強さが垣間見えるように意識しました。
山谷:私もとても切ない役だったのですが、見てくださる方にかわいそうな女性とは思われたくありませんでした。限りある幸せや喜びがあふれるシーンを何十倍にも膨らませて感じ切ることと、覚悟を持って最後まで生き抜く女性ということを意識してお芝居させていただきました。
ーー夫婦役を演じるにあたり、何か話し合ったことはありますか?
佐藤:演技の相談は特にしていません。ただ、撮影が始まる前にスタッフの方々と一緒に食事に行かせていただいて、そこで山谷さんともお話しさせていただきました。撮影中に二人で言っていたのは「本当にあれがなかったらお互い人見知りすぎて絶対現場で全くしゃべってないね」って(笑)。
山谷:あの時間があって本当によかったです(笑)。
佐藤:最初に夫婦二人のシーンのリハーサルをしたときは、食事に行く前だったので、会話が本当にありませんでした…。
山谷:挨拶ぐらいでしたね…。もし、食事会がなかったら幸せなシーンがどこか硬いものになっていたかもしれません。
■佐藤「上手くやるのも下手にやるのも難しいといつも思う」
ーー佐藤さんは今回、殺陣(たて)も披露していましたが、これまで舞台などでも多く経験してきていますよね。
佐藤:友助という役は剣の達人ではなく、まだ習っている身分です。だから、強過ぎないように、がむしゃら感や緊張感、手の震えも意識しました。
ーー剣の見習いだからこその難しさもありましたか?
佐藤:どうですかね…。でも、上手くやるのも下手にやるのも私としては難易度は同じで、難しいといつも思います。
ーー今回、事前に殺陣の稽古はあったのでしょうか?
佐藤:事前稽古はなかったので、現場で調整しました。そんなに殺陣の手数も多くなかったので、リハーサルで合わせていく感じでした。
ーー山谷さんはこれまで出演してきた時代劇と比べて今作ならではの違いは何か感じましたか?
山谷:個人的には東京と京都で撮る時代劇は、どこか雰囲気が違うと思っています。私は、京都の太秦で撮らせていただく時代劇は、より緊張します。
ーーどんなところに違いを感じますか?
山谷:それぞれの部署に職人さんたちがいらっしゃる場所なので、まずその方々に受け入れていただくところからスタートなのかなと。ただ実際に現場に入ってみると、皆さん、すごく優しい方々で安心しました。今回の撮影で約1カ月ほど京都に滞在して、スタッフさんたちともコミュニケーションを取っていくうちに、京都の現場の印象もすごく変わって、より好きになりました。
ーー佐藤さんは京都での撮影はどうでしたか?
佐藤:私は、今回で4回目だったのですが、勝手にホームグラウンドだと感じています。確かに最初は私も本当に緊張しました。でも、現場に入ってみると、すぐ受け入れてくださる。「また来てね」と言ってくださるのが、とてもうれしいんですよね。
山谷:佐藤さんは京都にとても馴染んでいました。これは確かに「ホーム」と呼べるなと、ちょっとうらやましかったです(笑)。
■山谷「avexはすごく大切なホームであり、希望を与えてくれた場所」
ーー本作では、暗闇に取り残された者たちに清左衛門が希望の灯りを照らす物語が描かれていますが、お二人がこれまでの人生で“希望の光”となった人物や言葉、瞬間があれば教えてください。
山谷:人ではないのですが、私は小学生ぐらいの頃からavexの音楽が大好きで、音楽による力ってすごく大きいなと思っているんです。仕事を始めたての小学校6年生のときは倖田來未さんの「walk」という曲を聴きながらオーディション会場に向かっていました。今、そのavexに所属させていただいて約18年になりますが、役者というまた違う職に携わらせていただいています。好きから始まったavexは、今ではすごく大切なホームになりました。同時に自分に希望を与えてくれた場所もまたavexの音楽です。
佐藤:私は両親ですね。やはりいろいろなことを教えてもらったので。物心つく前から武道を習わせてくれて、そのおかげでアクションができたり、時代劇の所作が綺麗にできたりと、今につながっています。あと、生きていればいろんなことがあって落ち込んだり、嫌になってしまったりすることもありますが、少なくとも両親が生きているうちは私も生きないとなと思います。希望の光であり、最後の砦でもあり、頼みの綱でもある、そんな存在なのかなと思っています。
ーーそんな両親からの言葉で最も印象に残っているものは?
佐藤:私が役者をやりたいと思ったきっかけでもあるのですが、父親に「俺は普通の人生を歩んできてあまり面白くなかったから、お前は普通の人生を歩むなよ」とよく言われていました。
ーーでは、芸能活動にも大賛成だったのですね。
佐藤:そうですね。全く反対されず、なんなら「行ってこい!」ぐらいの感じでした(笑)。
ーーそんなお父さまは今の佐藤さんの活躍を見てどんな反応をされていますか?
佐藤:素直に喜んでくれています。母親は毎回感想を言ってくれますが、父親は寡黙な人なので、あまりそういう言葉はないのですが、私が役者を目指し始めたタイミングで父親も新しいことを始めまして…。なんだかんだ父親も面白い人生を歩んでるんじゃないかなと個人的には思っています。
■佐藤「誰かに助けてもらえる縁があったんだなと」
ーー今回、夫婦で苦難を乗り越える役柄でもありますが、お二人は実際に誰かとともに人生の壁を乗り越えた経験はありますか?
佐藤:小学校1〜2年生の頃の話ですが、冬に女の子が、氷が張った川に「傘を落としてしまった」と泣いていて、私が「じゃあ、取りに行ってあげる」と川に入ったら、氷が割れて溺れてしまったんです。人けのない道だったのですが、たまたま通りかかったおじさんが引き上げてくれて、助かったんです。あれが運命の分かれ道だったなと思います。あのおじさんが通らなかったら、私の人生は終わっていたので、本当に九死に一生を得ました。今振り返ると、誰かに助けてもらえる縁があったんだなと。そう簡単に、人生はどん底にはならないんだなと感じています。
山谷:東日本大震災のとき、ライフラインが止まり、東京にも行けず、孤立した状況になりました。その中で、一人では何もできないんだと痛感しました。家族やご近所の方、友人など、誰かの手に支えられて生きてきたんだなと。最後に答えを出すのは自分でも、そこに至るまでには必ず誰かの存在がある。そうして壁を越えてきたから、今ここにいるんだと思います。
■佐藤「日本らしい“わびさび”や“おしゃれさ”のような趣がある」
ーー本作は人気時代劇シリーズですが、現場ならではの特徴的な撮影方法は何かありましたか?
佐藤:誰かが舵を取るというより、キャスト、スタッフさんが一丸となって作っている環境だなと感じました。監督が撮りたい画や、北大路さんが思う「三屋清左衛門残日録」など、それぞれ作品への思いがある。こうした方がこの作品らしいとか、画がきれいだという話をすごく綿密になさっていました。監督が「ついて来い」という感じではなく、全員で一つの作品に、一つのゴールに向かって作り上げていくという印象が強かったですね。
ーー北大路さんと監督が話し合っているとき、印象に残っている言葉はありますか?
佐藤:北大路さんが「この台本の感じだと三屋清左衛門という人物が小さく見えるんだよね」ということをおっしゃっていて、私は「なるほど」と思い聞いていました。監督もすぐに対応されていて、「じゃあこうしましょう」と。プロ同士の会話にしびれました。
山谷:私は、今回9作目となる「三屋清左衛門残日録」チームの方々が、新しいゲストを迎え入れるときに、これまで積み重ねてきたこの作品の歴史を各部署で作業をしながら伝えてくださることに驚きました。それはこの座組みならではの特徴なのかなと。
ーーそれは、どのような歴史ですか?
山谷:髪結さんやお着物を着せてくださる方たちが、「第何作のときはこんな大変なシーンがあったんだよ」などと話してくださいました。私は今作で初めて関わらせていただいたけれど、この作品が積み重ねてきた歴史を擬似体験できるほど、細かく教えてくださって、準備している時間もすごく楽しかったです。
ーーお二人が思う、「三屋清左衛門残日録」シリーズの魅力を教えてください。
佐藤:現代にも通じることですが、誠実な人間ほど直面してしまう理不尽さや、人生のままならない悲しみをどう乗り越えていくかという、一筋縄ではいかない人間の奥深い感情がテーマだと感じています。単なる大団円で終わるサクセスストーリーにはない、日本らしい“わびさび”や“おしゃれさ”のような趣があるところが、このシリーズの魅力だと思います。
山谷:前作の若い男女の恋愛とはまた異なり、今回は“夫婦という形での愛”を提示する作品だと思っています。不便な時代だからこそ、現代よりもかえって心は自由で、人と人が真っ直ぐに向き合える。そんな中で生まれる優しさや、清左衛門がそっと手を差し伸べてくれる心の広さがより強く描かれているので、そこに注目していただきたいです。
■山谷「時代劇を自由にできるようになりたい」
ーーでは、同シリーズをはじめ日本の時代劇コンテンツの魅力を役者という立場から今後どのように世界に発信していきたいですか?
佐藤:鎖国があったこともあり、江戸時代は日本ならではの独自の進化を遂げていますよね。絵一つとっても、中世ヨーロッパは立体感やリアルさがあって3次元に寄って描いているけれど、日本は浮世絵で2次元寄りというか、日本にしかない文化が多いと思います。日本と他の国で明らかに一線を画していた時代なので、これを日本人が伝えていかないと消えてしまうのではないかなと。そういった意味で、私たち役者の仕事かどうかはわからないですが、古き良き日本の歴史というものを世界に伝え続ける必要があると思っています。
ーー佐藤さんは自身で舞台のプロデュースなどもされていますが、今後そういった日本の文化を扱ったものをやっていこうと思いますか?
佐藤:そうですね。日本は独自の色彩感覚があるというか、色を愛でる文化があると私は思っていて、そういう日本人の色使いの力強さと繊細さ、両面を持つ美しさみたいなものを舞台のセットで表現していきたいと考えています。
山谷:すてきですね。昔はテレビをつければ時代劇がたくさん放送されていましたが、今は興味を持った方にしか届かなくなってしまいました。「時代劇」という言葉自体もいつか知らない世代が出てくるのではないかと恐れています。時代劇をたくさん経験されてきた先輩方も、この先、現場から離れていってしまう方が増えてくるかと思うので、それをどう次の世代に届けるのかですよね。私も時代劇のことをもっと勉強しなければと思いますし、それを届けていく作業は、お芝居やSNS、どんな形でも、伝えるという努力を諦めてはいけないなと思っています。
ーー今後も時代劇に挑戦していきたいですか?
山谷:2025年はお着物を着る役をたくさん演じたいという目標を掲げてスタートを切ったのですが、「願ったことは叶うのか」と思うほど、現代劇よりも時代劇のお仕事が多くて、お着物をたくさん着させていただきました。その目標を掲げた理由が、30代になったときに時代劇を自由にできるようになりたいからだったので、所作やセリフの言い回しを今も勉強中です。もっと経験を積んで、良い30代を迎えられたらと思っています。
構成・取材・文=戸塚安友奈

