●博物館を疲弊させるヘイトスピーチ
では、なぜ今回、ヘイトスピーチ問題にまで踏み込んだのか。
「ラウンドテーブルでの対話の中で、浮かんできたのがヘイトスピーチ問題でした。遺骨問題だけでなく、学界として社会に発信してほしいという声がありました」
その声は、政府のアイヌ政策推進会議(2024年7月開催)の議事録にも残っている。ある北海道の博物館関係者は、次のように語っている。
その博物館では、来館者によるトラブルはみられなかったが、2019年のアイヌ施策推進法施行、2020年の国立アイヌ民族博物館(愛称:ウポポイ)開館以降、来館者によるカスタマーハラスメントが頻発するようになったという。
「例えば『アイヌ民族なんて存在しないだろう』という極端なことを主張される来館者もおられますし、アイヌ民族の諸々の歴史を否定する意見、アイヌ民族の利権や逆差別に関する意見、個々の展示に関する差別的意見等々を言い立てる方々が数多く来館されるようになりました」(議事録より)
展示ガイドの女性解説員を取り囲み、カスハラ行為や「アイヌ民族は先住民ではない」といったヘイト発言を繰り返すケースもあった。女性解説員は精神的に不調をきたすまで追い込まれたという。
「数年前から、いくつかの博物館の現場でこうしたことが起きていまして、アイヌ文化を伝えようとする博物館本来の活動に支障が出るようになっています」(石川会長)

●縄文時代から続く歴史の先にあるアイヌ文化
「アイヌは先住民ではない」という主張の背景には、北海道の歴史理解の問題もある。
現在の考古学では、弥生時代以降、日本列島には大きく分けて3つの文化圏が併存してきたとされている。「本州、四国、九州の文化」と「北海道の文化」と「南島(沖縄県を中心とする南西諸島)の文化」である。
本州、四国、九州では、渡来人による稲作農耕が受容され、弥生時代が幕開けする。渡来人は縄文文化を担ってきた人々と混ざり合い、「和人」へとつながっていく。
一方、北海道では縄文文化をルーツとする固有の文化が続き、弥生時代から古墳時代に並行して、縄文文化を受け継ぐ「続縄文文化」の時期に入る。
一方、5世紀頃には、サハリンから南下してきた人々がオホーツク海沿岸などに進出、「オホーツク文化」と呼ばれる独自の文化を展開した。
続縄文文化は7世紀後半、本州の影響を受けた「擦文(さつもん)文化」に受け継がれ、オホーツク文化と共存していたが、13世紀頃までには擦文文化がオホーツク文化を融合、吸収したとされる。
擦文文化では、10世紀頃から本州との交易が盛んにおこなわれるようになり、13世紀頃までには近世以後のアイヌ文化につながる特徴が明確になった。
つまり、アイヌ文化の担い手は、北海道の縄文文化にルーツを持つ人々と考えられている。

