
『ウルトラマンオメガ』主演・オオキダソラト役やハイパープロジェクション演劇「ハイキュー!!」黒尾鉄朗役などで知られる俳優・近藤頌利が、2月14日にABEMA de J SPORTSで生中継されたSVリーグ「東京グレートベアーズ vs ジェイテクトSTINGS愛知」のゲストとして出演。
高校時代は大阪の強豪校・常翔学園でプレーし、創部初の大阪府ベスト4進出に貢献した近藤。今回が初となるバレーボール中継のゲスト出演を前に、自身の競技人生で培われた「礼儀」や「負けん気」、強豪校で磨き上げた圧倒的な武器、そして他のスポーツにはないバレーボールならではの魅力について語ってもらった。
■きっかけは「ジャンプ力を見せびらかしていたこと(笑)」
――近藤さんはバレーボール経験者としても知られていますが、そもそも始めたきっかけは何だったのでしょうか?
もともとジャンプ力があって、それをバレー部の顧問の人に見せびらかしていたんです(笑)。高校1年生の時に、廊下の天井にジャンプしてタッチしたり、バスケットゴールにタッチして遊んでいたんです。それを先生に見せて、「僕よりジャンプできるやついないと思う」ってアピールしていました。
――すごいアピールですね(笑)。そこからすぐに入部を?
いえ、春ぐらいからずっと誘われていたんですけど、「バレーはやらない」って断り続けていました。部活をやる気がなかったんです。でも、1年の冬ぐらいになって「部活をやらないと学生生活が楽しくないな」と思い始めて、「やっぱり、入部します」って先生に言いました。それで体験入部に行ったら、初日にスパイクがパチン!と打てちゃって。そうしたら「もう入部な」って感じで。逃げられない状況でしたね(笑)。
■パラメーターは「攻撃のみ」 推薦ゼロから大阪の頂点を目指した日々
――高校時代はかなり厳しい練習だったそうですね。
厳しかったですね。休みがほとんどなくて、テスト期間中も練習がありました。「テスト期間は授業が昼で終わるから、長く練習できるじゃないか」って(笑)。土日も「一部練」のはずが、体育館の空き状況次第で「二部練」になるんですよ。「空いているからやるか」って、監督も気合が入ってて。夏休みも1日か2日しか休みがなくて、大晦日と元旦以外はほぼバレー漬けでした。
――そこまで打ち込んでいたんですね。ご自身のプレースタイルはどのような感じだったんですか?
僕は「特進クラス」だったので、平日は授業が長くて練習時間が2時間くらいしかなかったんです。パス練習などをする時間がなくて、体育館に行ったら基本的にはスパイク練習から始まる。だから「得意なことを伸ばすしかない」と思って、スパイクとブロックに特化しました。レシーブやパスの練習は全然やっていなくて、リベロは大変だったと思います。チャンスボールが来たら、僕一人が攻撃態勢に入るんで(笑)。こいつにレシーブさせたら何が起こるかわからないって思われていましたね。ゲームのパラメーターで言ったら、スパイク、ブロックだけ極端に高くて、あとはもう全部ゼロ、みたいな(笑)。
――一点突破型の選手だったんですね。それでも創部初の大阪府ベスト4(準決勝)まで進出されました。
僕らの代はスポーツ推薦がゼロで、経験者も一人もいなかったんです。でも、自分で言うのもなんですが、当時は「自分のポジション(ミドルブロッカー)だったら、俺が大阪で一番すごい選手だ」と思ってやっていました。スパイクとブロックだけは本当に得意で。特にブロックは「後出しジャンケン」でしたね。
――「後出しジャンケン」ですか?
空中に跳んだ時、相手の目線とか「こうしてくるな」っていうのが結構ハッキリ“見えちゃう”選手だったんです。めちゃくちゃ上手い選手は目線を囮に使ってきたりするんですけど、基本的にはみんな打つ方向を見るので、そこに手を出せば止められちゃうんですよ。滞空時間も長かったので、その一点だけはチームからすごく重宝されていました。
結果的に僕らがベスト4に入ったことで、翌年から強い選手が集まるようになった。ちょっとした先駆けというか、昨年初めて「春高」に出場したんですけど、その礎を築いたと勝手に先輩面しています(笑)。

■「俺と言うな、僕と言え」バレーで学んだ礼儀と闘争心
――バレーボールを通じて人間的に成長した部分はありますか?
めちゃくちゃあります。実は僕、バレー部に入るまでは、頭髪とか服装とかで生徒指導の先生によく注意される派手な学生だったんです。でも、部活を始めてからは先生たちが「おー、頑張ってんだな」と応援してくれるようになって、学校で怒られることがなくなりました。
――部活が人格形成のきっかけになったと。
そうですね。それに、上下関係や言葉遣いも厳しく叩き込まれました。「目上の人には『俺』と言うな、『僕』か『私』と言いなさい」とか。敬語を覚えたのもバレー部ですし、人として成長できる場でしたね。もし自分に子供ができたら、絶対に部活はすすめます。
――練習の中で特に記憶に残っているエピソードはありますか?
今は無いと思いますが、先生がOKというまでずっと走らされるメニューがありまして…。終わりが見えないので、僕は先生に刃向かって走らずに歩いたりするんです。「そっちが辞めないならこっちも終わらせねえぞ」って。でも、それくらい負けん気が強かった。
――監督とも戦っていたんですね(笑)。
人一倍負けん気が強くて、闘争心があふれていたんです。ミスをしても「もう一本!」って自分が納得して決まるまでやり続ける。そういう頑固な部分が、逆に監督には刺さっていたのかもしれません。「こいつは何かやってくれる」と思われていたのかなと。
■野球やバスケとは違う「常に臨戦態勢」の魅力
――他のスポーツと比べて、バレーボール特有の魅力はどういうところだと感じますか?
バレーボールって、ワンプレーが短くて、点が入るまで気が抜けないんです。ずっと「臨戦態勢」なんですよ。例えば野球だと、守備の時や打席以外は少し間があったりするじゃないですか。でもバレーはずっとスイッチが入った状態。それが僕の性分に合っていました。
――道具を使わないという点も大きいですか?
そうですね。生身の体でボールを打って、自分で跳んで。道具を使わない分、余計に気持ちが強くなります。バスケットボールも近いですが、バレーのスパイクって「殴っている」のと変わらないじゃないですか(笑)。ドリブルでタイミングをずらすとかじゃなく、一瞬で勝負が決まる。あの派手さとダイナミックさは、男子バレーならではの魅力だと思います。
■「バレーボールは今しかできない」芸能界より試合を選択した過去
――俳優としてのキャリアにおいて、バレーボールの経験が生かされていると感じることはありますか?
実は高校2年の時に芸能界に入ろうと思ったことがあったんです。でも、オーディションの日程とバレーの試合が被ってしまって。親と相談して「バレーボールは今しかできない、芸能界はいつでも入れる」という結論になり、オーディションを断って試合を選びました。
――大きな決断でしたね。
でも結局、大学に入ってから芸能界に入って、「ハイキュー!!」で頂いた役が高校時代と同じポジション(ミドルブロッカー)だったんです。オーディションでは、高校時代にやっていたブロックやスパイクの練習を披露して合格しました。バレーボールを続けていたことが、今の人生に生かされています。バレーボールなしでは僕の人生はなかったのかなと思っています。
■バレーボールは「25回喜べるスポーツ」
――視聴者の方に伝えたいバレーボールの魅力は?
バレーボールは1セット25点マッチなので、単純に言うと「25回喜べるスポーツ」なんです。フルセットになれば、ものすごい数の応援の喜びを共有できる。そんなスポーツはなかなかないと思います。狭いコートの中に大男たちがひしめき合って、すごいスピード感で戦う。その臨場感をぜひ楽しんでほしいですね。
――ご自身も、4月22日〜26日に渋谷ユーロ・ライブで出演される、演劇ユニット「半ドア」の旗揚げ公演「フードコートファミリー」にご出演されます。意気込みをお願いします。
今まで共演してきた方々とはまた違う、映画や小劇場で活躍されている方々とご一緒できるので、新たな発見があるのかなと思っています。お客さんに楽しんでもらうのはもちろんですが、僕自身もこの舞台で新しい価値観を吸収したい。部活で言うと「他校に合宿に行っているような感覚」で、自分を貫いて、自分を大事にしながら挑みたいと思います。
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なお、ABEMA de J SPORTSでは「2025-26 大同生命SV.LEAGUE男女」の注目試合を毎節4試合無料で生中継しており、3月7日に開催される第16節「広島サンダーズvsウルフドッグス名古屋」の試合についても、独自の解説陣とゲストを迎えた「ABEMA」オリジナル中継にて無料生中継することが決定した。


