誰かを待つ時間、その人が来たときの第一声を考えたり、そのあとの時間に思いを馳せたり、あるいはメールチェック、SNS、携帯ゲームなど、過ごし方はさまざま。
DJ、作詞、音楽演出など幅広い活動をしているカワムラユキさんに、そんな「待つ時間」をテーマにして選曲&言葉を綴っていただきます。
冬の名残で霞む空気に微笑みを映す朝
住み慣れた街は灰色の呼吸をして、光だけが先に目覚めたふりを
絶え間なく交差する人の流れの果て、君の好きな歌が耳の奥で軽やかな旋律を弄()んで
咲くことを待ち侘びた花の匂いのように、未来への感情を先取りして震えた
コートの内側で眠っていた焦燥感が、ゆっくりとほどけてゆく
恋した記憶、野望や期待、名前を与える前の感情だけが、僕の掌で柔らかに揺れている
街の色はまだ冬のまま
音だけが先に季節を越えてゆけるのなら
道玄坂をのぼる途中、ガラスに映る僕の顔が少しだけ遠く感じられて、名前も年齢も、朝の光にゆらゆらと溶けてしまう
都市は感情を急がせ、季節を追い越させる
それでも、ふいに過ぎる懐かしい旋律が、忘れていた温もりを思い出させて
悲しみと希望が同じ重さで胸に沈むとき、人は少しだけ詩人に近づけるのだろうか
信号が変わり、人の流れはまた前へ
記憶を駆け巡る歌はまだ続いている
明日また春は遠いような気持ちにさせる寒さが訪れても、風が運ぶ暖かな気配に誘われて、世界は僅か1mmでも優しくなれますように

矢野顕子『ただいま。』(1981年、MIDI INC.)収録

