三者三様の『白雪姫』—同時代に活躍した画家たちが描く童話の世界
19世紀末〜20世紀初頭に活動した、ラッカム、ウベローデ、ユットナーは、1900〜1910年の間に『白雪姫』を出版しました。
制作の時期はほぼ重なっているものの、作風がまったく異なるのが見どころです。グロテスクで幻想的な世界や、さまざまな文化を融合させた表現など、童話のイメージの広がりを味わってみましょう。
アーサー・ラッカム—グロテスクなまでにリアルで幻想的な世界
アーサー・ラッカム『グリム童話集』(1900年)。白雪姫が毒りんごを食べて倒れてしまったシーン。, Public domain, via Wikimedia Commons.
アーサー・ラッカム(Arthur Rackham, 1867〜1939年)は、19世紀末のイギリスとアメリカで、「挿絵本の黄金時代」を築いた画家のひとりです。彼自身、どの作品よりも愛着があると語った『グリム童話集』(1900年)は、たちまち大好評となりました。
しかし、上の画像を見ると、みなさんがよく知る白雪姫とは異なる印象を受けるのではないでしょうか。暗い背景で動き回る小人たち、彼らとは対照的に真っ白に浮かび上がる少女……。
きらびやかなファンタジーとはひと味違う、どこか不気味な世界に引き込まれます。
このシーンで描かれているのは、毒りんごを口にした白雪姫を何とか生き返らせようと、小人たちが必死に介抱しているところです。
一見、おどろおどろしい絵に思えますが、小人たちの悲しげな表情や白雪姫から生気が失われていく様子が、ドラマチックに展開されています。
ラッカムは、グロテスクなまでにリアルな表現と、繊細な線で描き出した美しい女性像を見事に両立させ、多くの人々を魅了してきました。
ハッピーエンドだけでは語り尽くせない、妖しげなグリム童話の世界に、私たちを導いてくれる作品です。
オットー・ウベローデ—童話に登場する暮らしや風景を丁寧に描写
オットー・ウベローデ『グリム童話集』(1906年および1908年)。白雪姫がガラスの棺で眠っているシーン。手前に腰かけているのは、交代で見張り番をしている小人。, Public domain, via Wikimedia Commons.
ドイツ生まれのオットー・ウベローデ(Otto Ubbelohde, 1867〜1922年)は、19世紀末に創作活動をスタートし、画家・版画家・イラストレーターとして活躍しました。
1900年頃から『グリム童話集』の制作をはじめ、1906年と1908年に出版された書籍には、なんと約450点にのぼる挿絵を収録。国内外から高い評価を受けました。
上の画像は、毒りんごを食べてしまった白雪姫が、ガラスの棺で眠るシーンです。人物の洗練された線画と、丹念に描き込まれた木々や植物のコントラストが印象的です。
シンプルな表現を追求しながらも、手前に腰かける小人の憂いた表情や、棺のそばに飾られた花など、物語の世界が細部まで丁寧に描写されていて、情景が生き生きと伝わってきます。
ゴスフェルデン村の風景, Public domain, via Wikimedia Commons.
ウベローデの挿絵は、日本で出版されている『語るためのグリム童話集』でも見ることができます。
本書を手がけた小澤俊夫氏は、挿絵について、「グリム童話の背景をなす風景、室内、衣装などがよくわかります」(※1)と語りました。
ウベローデが、作品のインスピレーションを得たといわれるのが、ドイツのマールブルク近郊にあるゴスフェルデン村の風景です。1900年、彼はこの地にアトリエ兼住居を構えると、周辺の景色や建物をモチーフに、多くのデッサンや絵画を描いたそうです。
ウベローデの挿絵から、登場人物の豊かな感情や自然の息吹を感じてみてくださいね。
(※1)引用:小澤俊夫監訳『語るためのグリム童話③ 白雪姫』小峰書店、2007年
フランツ・ユットナー—東洋風のファッションとヨーロッパの古典的なデザインを融合
フランツ・ユットナー『白雪姫』(1905〜1910年)。左側に立っているのが白雪姫で、尖った帽子を被っているのが小人たち。, Public domain, via Wikimedia Commons.
グラフィック作家・挿絵画家のフランツ・ユットナー(Franz Albert Jüttner、1865〜1926年)は、ウベローデと同じく、ドイツで活躍しました。
彼の代表作として知られる『白雪姫』は、鮮やかな色彩と洗練されたデザインが魅力で、思わず目を奪われます。また、白雪姫の服装や髪型に、東洋の雰囲気が感じられるのが大きな特徴です。
ユットナーは、同時代に活動していた画家、ウィルヘルミナ・コルネリア・ドルプステーン(Wilhelmina Cornelia Drupsteen, 1880〜1966年)の『白雪姫』に影響を受け、本書の挿絵を手がけたといわれています。(※2)
ウィルヘルミナ・コルネリア・ドルプステーン, Public domain, via Wikimedia Commons.
日本の着物や髪型に着想を得て描かれた、ドルプステーンの『白雪姫』を参考に、ユットナーは東洋風の意匠を取り入れました。
さらに、裾が長いスカートや幅の広い袖など、ヨーロッパの古典的なデザインを融合させ、より装飾的な表現を生み出しました。
東洋と西洋のデザインを見事に融合させ、物語の新たな側面を引き出すユットナーの『白雪姫』は、私たちの童話のイメージをより豊かに広げてくれます。
(※2)参考:Katarzyna Bogacka ‘THE INSPIRATION OF EUROPEAN ART IN FRANZ JÜTTNER’S ILLUSTRATIONS TO THE GRIMM BROTHERS’ FAIRY TALE SCHNEEWITTCHEN’ “Journal of International Scientific Publications”, 2025, pp.1-4 (Online)
色彩とラストシーンからひも解く白雪姫と王妃の関係
ここからは、3人の画家、ラッカム、ウベローデ、ユットナーの挿絵と、物語のラストシーンに注目し、白雪姫と王妃の関係を読み解いてみましょう。
3人の挿絵を見比べてみると、どの作品も、色彩のコントラストが特徴的です。『グリム童話集』では、白雪姫の容姿を「血のような赤、雪のような白、黒檀のような黒」と表現しており、色が強調されていることが分かります。
また、ディズニー映画と『グリム童話集』のラストシーンの違いも、興味深いポイントです。
ディズニー映画では、王妃が白雪姫の殺害に失敗して命を落とし、白雪姫は王子と結ばれ、ハッピーエンドを迎えます。いっぽう、王妃が拷問にかけられ、その様子を白雪姫と王子が眺めるという場面で幕引きするのが『グリム童話集』のラストです。
色彩にどんな意味があるのか、なぜ王妃は壮絶な最期を迎えたのか……。
この2つの謎を考察すると、『白雪姫』が、善と悪どちらも映し出す物語として浮かび上がってくるはずです。
色彩が持つ意味とは?—古来からの文化と宗教的な背景
フランツ・ユットナー『白雪姫』(1905〜1910年)。白雪姫と王子の結婚披露宴に招かれた王妃が登場するシーン。手前の黄色いドレスが王妃で、その正面に立つのが白雪姫と王子。, Public domain, via Wikimedia Commons.
『白雪姫』の美しさを表す赤・白・黒の3色は、古代のあらゆる文明に共通する基本色といわれています。白と赤、白と黒は、対立する概念を表し、明と暗、悲しみと喜びなどを示すそうです。
また、作中でも、「雪のように白いベッドカバー」「黒い土の中」といった、色をめぐる表現がたびたび登場します。
ラッカム、ウベローデ、ユットナーの挿絵を見ると、白と黒の対比を意識的に取り入れているように感じられます。
もうひとつ注目したいのが、ヨーロッパの民間信仰で、黄色は嫉妬、青色は怒りを表していたことです。
『グリム童話集』では、「白雪姫のほうが千倍も美しい」と鏡に告げられた王妃が、「嫉妬心のあまり、黄色くなったり青くなったりした」と表現されています。(※3)嫉妬や憎悪、「自分のほうが美しい」という高慢は、ヨーロッパのキリスト教文化において罪と見なされます。
しかも、白雪姫の殺害まで企み、大きな罪を犯そうとする王妃。グリム兄弟は、彼女が悪女になっていく過程を、色彩でも際立たせました。
ユットナーが描いた結婚披露宴のシーン(上の画像)は、赤・白・黒の3色に加えて、王妃のドレスを嫉妬の黄色で表しています。
よく見ると、白雪姫の服装や足元の絨毯に青色が使われていることが分かります。ユットナーは、悪役だけでなく、白雪姫が秘めた負の感情も伝えようとしたのかもしれません。
(※3)グリム兄弟は、聞き取った童話をそのまま出版したわけではなく、より原形に近づけるために、編集を加えていました。
『白雪姫』の最初の手稿は、「鏡がそう語るのを聞くと、この国で一番の美人でありたいと思っていた妃は、とても我慢できなくなった」と、シンプルな表現でした。しかし、王妃の心の動きを何度も書き直し、最終的には「嫉妬」や「憎悪」ということばが加筆されています。
(参考:高橋義人『グリム童話の世界—ヨーロッパ文化の深層へ』岩波書店、2010年、pp.140-141)
王妃が壮絶な最期を迎えたのはなぜ?—美を競う母娘
オットー・ウベローデ『グリム童話集』(1906年および1908年)。王妃が「この国で一番美しいのはだれか」と鏡に語りかけるシーン。, Public domain, via Wikimedia Commons.
次に、物語の象徴的なモチーフである鏡に焦点を当ててみましょう。鏡は女性の美を映し出す存在であり、王妃は最後までその評価に固執していました。
さらに、この鏡は単なる調度品ではなく、ことばを話す不思議な力を持っています。民俗学・児童文学の研究者マリア・タタール氏によると、鏡の声の主は王妃の夫、つまり白雪姫の父親であり、家長の評価が女性の価値を決めていたと考えられるそうです。
王妃がだれよりも美しくありたかったのは、夫の称賛を得たかったからだといえるでしょう。
マックス・クリンガー「エヴァと未来=蛇」(1880年)。鏡に映る自分にうっとりと見入っているエヴァが描かれています。, Public domain, via Wikimedia Commons.
また、被害に遭った白雪姫の行動からも、実は美にこだわる一面が垣間見えます。彼女が森で暮らすようになった頃、王妃は老婆に姿を変えて、身なりを良くする胸ひもや櫛(くし)、美容に効果があるとされるリンゴを売りに行きます。
すると、白雪姫は、小人からの忠告を守らず、3つの品物をすべて手に入れようとしたのです。彼女にも、美しさに磨きをかけたいという思いがあったのではないかと推測できます。
ところで、王妃は、白雪姫を何度も危険な目に遭わせたことから、熱く熱せられた鉄製の靴を履かされ、死ぬまで踊らされる罰を受けました。この靴は、中世のヨーロッパの魔女裁判で用いられた拷問の道具で、王妃は魔女と見なされたことを示唆しています。
しかし、物語のなかで、王妃は魔女だと断言されていませんでした。ただ、童話が語られた当時は、魔女狩りがさかんに行われており、だれかを陥れようとすれば、容易に叶った時代でもあったそうです。
白雪姫は、魔女を告発したことで善人として語られましたが、はたして、王妃が悪人だったのか、白雪姫が母親に復讐しようとしたのか…。
両者の思惑や善と悪について、深く考えさせられる物語です。
