
にぼしいわし・伽説(ときどき)いわしによる、日々の「しょぼくれ」をしたためながら、気持ちの「おかたづけ」をするエッセイ「しょぼくれおかたづけ」。
沖縄のライブのお呼ばれした日のこと。
自分たちよりもずっとまぶしい歓声を浴びる芸人を横目に、少しだけやるせなくなってしまったいわしは、前日にふらりと訪れた居酒屋で出会った、明るい女性たちとの会話に思いを馳せて……?
順風満帆そうなあの人も、不安なんて縁がなさそうなこの人も、見えないだけできっとそれぞれの「おもり」がありながら生き抜いている。そんなことを考えた日のお話です。
■第23夜「お姉さんは仕事ですか?」
私は今、にらみ合っている。複数の私と。
相方におぶられて何も考えていない顔でピースする私がプリントされているTシャツが目の前に並んでいる。
そういえばこの人生、私はずっと私とにらみ合っている。優しいまなざしで自分のことを見ることはできない。だってすぐに調子に乗り、失敗したと泣くのだから。自分の監視員は自分である。私は「私」をずっと抱えながら生きている。この「私」は、かなり重くて抱えきれないことも多い。周りを見るともっと軽やかで器用にやっている。いつになったら「私」は軽くなるのだろうか。
「グッズ販売しています〜」
購入してくれる人、立ち止まって見てくれる人、頑張ってくださいと声をかけてくれる人。ライブが始まる前の開場中に受付の隣でグッズを売っていると、舞台上からはぼんやりとしか見ることができなかったお客さんの顔がきちんと見える。開場中、これから始まるライブに思いを馳せて、心臓の高鳴りを隠すように澄ました顔で並ぶお客さんたちは、あまりにもかわいくて愛おしかった。
そして、この雑踏な社会で立派に生きている人が、今日という日を存分に楽しみたいと我々のお笑いにお金を払って見にきてくれているという事実に、少し緊張する。Tシャツの中の私も、緊張して引きつりだした。
沖縄に来ると強制的に開放感で満ちあふれる。私は気を引き締める。沖縄の開放感にやられるほどに、私の芯はやわい。でも、沖縄の開放感が強すぎる。至る所に赤いハイビスカスが散りばめられ、目からバカンスモードになる。私はまた気を引き締める。シーサーがいる、ブルーシールのアイスがある、せんべろがある。眉間に皺を寄せて胸鎖乳突筋に力を入れて、何度も気を引き締めた。
お客さんが「キャー!!!」と声をあげた。顔を上げなくても誰が会場入りしたのかはすぐにわかった。その場がパッと明るくなり、太陽光が差し込まないライブハウスに光が宿る。窓のない通路に新鮮な風が入る。その光と風はその芸人が通り過ぎたあとも余韻を残し、お客さんの心を躍らせる。
会場入りしただけで歓声が上がる芸人と、かたや、呑気に自分たちの物販を売っている芸人。高望みなのはわかっているけれど、早くここまで上りつめなければと思う。
一期一会の機会でお客さんの心をつかめたならば。
だって、それがそのまま人気につながると思うから。
ひとつひとつの舞台を大切に、この日いちばんの盛り上がりを常に自分たちが出せるようにしないといけない。今の現状は過去の自分たちがつくり出したものである。
今日この沖縄に私たちことを見にきてくれた人は何人いるのだろうか。両手で収まる程度なのだろうか、片手で収まる程度かもしれない。ずっと受付にいながらも光も宿せず、風も吹き込ませることもできない私は、Tシャツの中の私をより一層にらみつけとき。
そういえば、と昨日偶然会った彼女たちの顔を思い浮かべた。
■軽やかな人たちの本音をのぞいて
沖縄に到着したあと、開放感に誘われてホテルから歩いて数歩の居酒屋にひとりで入った。午後10時ごろの金曜日の沖縄は、ふだんより一層空気が軽くなるようだ。気分がよくなって歌っている者、WBCの結果を熱く語り合っている者、それぞれが、今この瞬間を楽しんでいるようで、その先の人生のことを抱えていなさそうな、そんな雰囲気がした。
沖縄のせんべろは飲み物が3杯付いてくる。店員にせんべろを勧められたが、そんな飲むつもりがなかったので断った。せっかく沖縄に来たのにとでも言いたそうな店員の表情にハッとする。確かに私はいつも未来を抱えて、過去を抱えて、その重さで今を楽しめていないな。アルコールが入ればその点は開放的になることができるけれど、重いものを抱えながら生きていて、それの重さのせいで楽しさが2割減になっている、そんな気がする。
「かんぱーい!」
黄金のオリオンビールが届いて、誰と乾杯するわけでもなく、ちびちびとビールを飲もうとしたときだ。隣に座っていた2人組の女性がにこにことグラスをこちらに向けていた。戸惑いつつも、その懐の深さに強制的に心が軽くなる。
「お姉さん、どこから来たんですか?」
「東京、です。」
「え〜東京! すごい! 私もこの4月から就職で関東に行くんですよ!」
「そうなんですね」
「関東の電車乗れるか心配です〜」
この4月から関東に就職をするという女性のいちばんの心配ごとは、電車に乗れるかどうかだった。
就職に対する漠然とした不安や、うまくやっていけるかどうか、新社会人のよくある悩みよりも、電車に乗れるかどうかを大笑いしながら語る彼女は、軽やかでさわやかで、このあとの人生もとんとん拍子にうまく行きそうな印象を受けた。私とはまるで違う、人生がうまくいくような明るい雰囲気だった。
頼んだ島豆腐が私のテーブルに届く。その瞬間、反対側に座っていた、またまた若い女2人が「おいしそう!」と叫ぶ。聞けば彼女たちは社会人2年目だと言う。
そのあっけらかんとした明るさに引っ張られ、私も「食べます?」と伝えた。
島豆腐をみんなでつまみながら、総勢5人で自己紹介をする。
「お姉さんは仕事ですか?」
「芸人です」
ふだんは絶対に言わないけれど、ついつい明るさに引っ張られて、私は身元を明かしてしまった。
各々のスマホを取り出しSNSで私を検索する。すごいすごいと盛り上がってくれる。今この居酒屋で、いちばん舞い上がっているテーブル。こっぱずかしいけれど、その場の空気の軽やかさに心が救われた。
空になったオリオンビールのジョッキを掲げて、店員さんを呼ぶ。
「すみません、おかわりお願いします。」
「どうせ飲むなら、せんべろにします?」
たしかに、あと一杯では帰りたくない。この場に居られる時間を延ばしたくて、私はせんべろを頼んだ。
「あ〜うまくやっていけるかな〜」
夜も更けるころ、「電車が怖い」と語った彼女がぽつりとこぼす。
「電車が怖い」の奥に隠れている、見覚えのある輪郭の不安を見つけて私はハッとする。
新社会人になる不安。沖縄に残る不安。お金のこと、仕事のこと、人間関係のこと。
みんな、ちゃんと抱えているんだ。自分のことを叱咤して傷つけたり、激励して盛り上げたりしながら、自分という人生に向き合っているんだ。
他人の人生は他人にしかわからない。それでも。
見えないだけで、私が抱えているレベルと同じくらいの重さを、みんなだって抱えているのかもしれない。
それを想像するだけで、へし折れずにその重さを、まだ抱え続けられる気がした。

きらびやかな会場入りをした彼が、楽屋でやけにていねいにアイロンをかけているなと思った。その背中を不思議に思う。
令和ロマンのくるま君、聞けば半年ぶりの漫才だそう。
軽やかにやっているようで、みんな自分とにらみ合っている。他人のそんな姿は、私の力になる。だから私のそれも、誰かの力になっているのかもしれない。

