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美術史における「コピー」は悪だったのか?模写・工房・贋作そして「唯一性」の誕生

「オリジナリティ」の誕生——いつから「唯一性」が求められるようになったのか

1024px-Eugène_Delacroix_-_La_liberté_guidant_le_peuple (1)ドラクロワ『民衆を導く自由の女神』, ロマン主義, Public domain, via Wikimedia Commons.

では、「作品は唯一無二でなければならない」という考え方はいつ生まれたのでしょうか。この問いに対する答えは、17〜19世紀にかけての変化の中にあります。

まず、17世紀にはアカデミー制度が広まり始めました。ローマのアカデミア・ディ・サン・ルーカやフランスの王立アカデミーなどの設立により、美術家は職人の枠から「知的な専門家」として社会的地位を高めていきました。

この時期から美術は「クラフト(工芸)」から「アカデミックな学問」へと転換し始めます。アカデミーでは裸体モデルを使ったデッサンや理論的な議論が重視されるようになり、個々の芸術家の判断や思想が作品に反映されることへの評価が少しずつ高まっていきました。

この流れが決定的になったのが、18世紀末から19世紀にかけてのロマン主義の台頭です。ロマン主義は、理性より感情を、集団より個人を重視する芸術思想でした。

芸術家は、技術を持った職人ではなく「天才(Genius)」として神話化されていきます。「孤高の創作者」「霊感を受けた予言者」といったイメージが生まれ、芸術家の「個人的なビジョン」こそが作品の価値の源泉だとされるようになりました。

この時代に「誰が作ったか」が極めて重要になり、コピーや工房による集団制作は次第に疑いの目を向けられるようになっていきます。

そしてこの概念に決定的な哲学的根拠を与えたのが、ドイツの思想家ヴァルター・ベンヤミン(1892-1940)です。ベンヤミンは1935年(発表は1936年)の論文「複製技術時代の芸術作品(Das Kunstwerk im Zeitalter seiner technischen Reproduzierbarkeit)」の中で、「アウラ(Aura)」という概念を提唱しました。

アウラとは、オリジナルの作品だけが持つ「時間と空間における固有の存在感」のことで、いわば作品がその場所に「ここにしか存在しない」という唯一性のオーラです。

ベンヤミンは「いかなる完璧な複製物にも欠けているものがある。それは、作品が存在する時間と空間における固有性、その場に存在するというユニークさだ」と述べています。写真や印刷技術の普及によって作品の複製が無限に可能になった時代に、ベンヤミンはオリジナルの「アウラ」が失われつつあると論じました。

この考え方は、その後の美術理論や批評に大きな影響を与え、「本物」と「複製」の区別をより重視する現代的な感覚の理論的土台となっています。

贋作——欺く意図が「悪」を生む

1024px-Das_letzte_Abendmahl_von_Han_van_Meegeren_(1939)フェルメールの贋作。ハン・ファン・ミーゲレンの『最後の晩餐』(1939年), Public domain, via Wikimedia Commons.

ここで改めて「贋作」と「模写」の違いを整理しておきましょう。贋作を成立させる本質的な条件は「欺く意図」です。誰かの絵を模写すること自体は贋作ではなく、それを「本物」として売ろうとした瞬間に贋作になります。この一線は現代でも変わりません。

20世紀最大の贋作スキャンダルとして語り継がれるのが、オランダの画家ハン・ファン・メーヘレン(1889-1947)の事件です。彼はフェルメール(1632-1675)の模倣者として知られていましたが、批評家からは「才能はあっても独創性のない技術者」と酷評されていました。

そのことへの怒りと屈辱感から、ファン・メーヘレンは緻密な計画のもとで完璧な「フェルメール」を制作することを決意します。

6年以上の歳月をかけて研究した彼は、17世紀の本物のキャンバスを入手し、当時の顔料をゼロから合成し、樹脂を塗料に混ぜることで300年分の硬化を再現し、さらにアナグマの毛で作った筆を使いました。

こうして生み出した偽フェルメール《エマオの晩餐》(1937年に「フェルメール作」として発表)は、当時最高権威とされた美術史家 Abraham Bredius(アブラハム・ブレディウス)によって「真作」と鑑定され、世紀の大発見として称賛されました。

しかし第二次世界大戦後、彼の身に思いがけない問題が降りかかります。戦時中にナチスの高官ヘルマン・ゲーリングに「フェルメール作」の絵画を売却したことが発覚し、彼は「ナチスに国家の宝を売った協力者」として死刑に相当する反逆罪で逮捕されたのです。

追い詰められたファン・メーヘレンは、あの絵はフェルメールではなく自分が描いた偽物だと告白しました。当初は誰も信じませんでしたが、彼は警察の監視のもとで新たに「フェルメール風」の絵を制作し、自分が贋作者だと証明しました。

この事件が提起する問いは根深いものがあります。もし彼の絵が「フェルメール作」として称賛されていたとき、その審美的な価値はどこにあったのでしょうか。

贋作だと分かった途端に価値が失われるとすれば、人々が評価していたのは「絵そのもの」ではなく「フェルメールの名前が持つオーラ」だったことになります。本質的には、ファン・メーヘレン事件はベンヤミンの「アウラ」論を現実で証明したともいえます。

配信元: イロハニアート

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