ドローンを活用した避難支援システム、新たな産業の芽生え
次に訪れたのは、総合コンクリートメーカーの會澤高圧コンクリートが浪江町に開設した研究開発型生産拠点 である「福島RDMセンター」です。浜通り地区に新たな産業基盤を構築することを目的に建設されたもので、ひび割れ内に水や酸素が侵入すると、配合された特殊バクテリアが活性化して、自らひび割れを修復する自己治癒コンクリートや、ドローンと衛星データを連携させた精密避難支援システムなどを開発していると言います。
「助かった後のいのちを救う仕組みづくりにも挑戦しています。コンクリートは、もともと、いのちを守るために生み出されたもの。コンクリートだけで対応できないのならテクノロジーを使って、新しい仕組みを生み出していきます」という、館内見学時に伺った説明に、この地で新しく芽生えている取り組みと、関わる人たちの想いを感じました。
その後、最後の対話の場をくださったのは、浪江町川添芸能保存会の会長の石沢孝行さん。明治40(1907)年ごろから続く川添神楽の保存会の会長で、伝統芸能を守る活動をする傍ら東日本大震災・原子力災害伝承館(双葉町)で案内役も務めている方です。途切れてしまったものを結び直し、未来に繋げていこうとされている想いとはたらきに共感するとともに、一度ばらばらになってしまったコミュニティや地域の伝統行事などを再興・継承していく難しさなどの課題を感じた時間でした。
石沢さんとの対話の時間の後、参加者同士での対話と振り返りの時間があり、ツアーは終了しました。
百聞は一見に如かず、「自分事」として見えてきた福島浜通りのこと
15年前から続く、喪失の痛みや悲しみ。変わらずにそこにあり続ける問題。その一方で、15年という時が経ったからこそ、語れるようになった想いや新しく始まりつつあるもの。
浜通りには、過去と未来、いろいろな人の想いが交差する場がたくさんありました。
現地を訪れて一番大きかったのは、福島のことを「他人事」ではなく、同じ時代を生きる私たちみんなの問題であると再認識できたこと。いままでよりも強く「自分事」として感じられるようになったことです。浜通りで起きていることは、私たちの社会全体で起きていることの縮図なのだと思います。
地震、台風、豪雨、火山噴火など、自然災害が多い日本。南海トラフ地震のように、この数十年以内に起きると想定されているものもあります。過去に学び、少しでも被害が少なくなるように、考え行動していくことが、私たち一人ひとりに求められています。
いま自分が住まう場所がいつ「被災地」になるかは誰にもわかりません。被災地となった場所を訪れ、そこで起きていることや課題を知り、学ぶことは、自分たちの地域や未来を守ることに繋がっていくのではないでしょうか。
2026年4月1日から6月30日まで、JRグループと県・市町村・地元の観光事業者などが一体となって、各地域の魅力を発信する「ふくしまデスティネーションキャンペーン」も始まります。ぜひ、この機会に福島浜通りに足を運んで、出会って、感じて、考えてみませんか。
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<執筆者プロフィル>
水野佳
保健師 / オートキャンプ歴9年
学生時代にはバックパックを担いでフィールドワークや旅に出かけ、バングラデシュでの井戸掘りなども経験。旅やアウトドアでの知識や経験を防災活動に繋げる。産業保健師として企業勤務時に、救命講習やBCPなどの企画・運営にも関わった経験も持つ。
