ジョン・エヴァレット・ミレイ、〈オフィーリア〉、1851年頃、テート・ブリテン, Public domain, via Wikimedia Commons.
実際に、この<オフィーリア>でモデルを務めた女性エリザベス・シダルも、ミレイをはじめラファエル前派のメンバーのため、言われるままにポーズをとるだけではなく、自らも詩作や水彩画など創作に強い関心を持ち、積極的に参加していた。
ヴィクトリア朝イギリスにおいて、それは決して楽な道ではなかったが、それでも彼女は創作への思いを諦めることはなく、あがき続けたのだ。
今回は、美術史上でも「美神(ミューズ)」としてよく知られた一人であるエリザベス・シダルを取り上げ、その生涯を掘り下げてみたい。
①エリザベスとラファエル前派の出会い
エリザベス・エレノア・シダルは、1828年にロンドンで刃物職人として働く父のもとに8人兄弟の3番目として生まれた。
当時の女性は正規の学校教育を受ける機会が限られており、家で読み書きなどの教育を受けることも少なくなかった。エリザベスも家で学びながら、次第に文学の世界に憧れを抱くようになった。
仕事に従事しながらも、美しい文学の世界への憧れや何かを表現したいという思いは消えることなく、エリザベスの中で燻り続けていた。
しかし、1849年、そんな彼女の運命を変える出会いがあった。ロセッティの友人でラファエル前派のメンバーでもある画家ウォルター・デヴェレルに、モデルとしてスカウトされたのだ。
当時、ヴィクトリア朝イギリスで、理想の女性のイメージは、ルネサンス三大巨匠の一人ラファエロの描く聖母だった。
ラファエロ・サンティ、<美しき女庭師>、1507~8年、ルーヴル美術館, Public domain, via Wikimedia Commons.
ダンテ・ガブリエル・ロセッティ、<エリザベス・シダル>、1854年、デラウェア美術館, Public domain, via Wikimedia Commons.
小柄で華奢な体格に、金髪碧眼で色白の瓜実顔のつつましい良妻賢母タイプの女性像に対し、長身でほっそりした体つきに豊かな赤毛を持つエリザベスは、まさに対極だった。
しかし、それこそが、モデルスカウトの決め手だった。
ロイヤル・アカデミーが「美の規範」として称揚するラファエロの様式に反発し、「新たな美」を模索していたデヴェレルらは、それにふさわしい新たな「絶世の美女(スタナーズ)」を探していた。既成の理想像とは異質な美を備えるエリザベスは、まさにその条件にふさわしい存在だったのだ。
エリザベスも、「美しい」と言われて悪い気はしなかっただろう。何よりも、デヴェレルの申し出は、エリザベスが憧れてやまない美術や文学といった文化の香り高い世界に参加するチャンスでもあった。
エリザベスは、平凡な日々が繰り返されるだけの生活から、憧れの世界へと続く蜘蛛の糸を自分の手でしっかりと掴み取ったのだ。
②〈オフィーリア〉のモデルに
ラファエル前派に迎え入れられたエリザベスは、デヴェレルの<十二夜>やハントの〈ヴェローナの二紳士〉など、グループのメンバーの作品のモデルを務めていく。
ウォルター・デヴェレル、<十二夜>、1850年、個人蔵, Public domain, via Wikimedia Commons.
そして、1852年には、ミレイの〈オフィーリア〉のためにポーズを取った。
ジョン・エヴァレット・ミレイ、〈オフィーリア〉、1851年頃、テート・ブリテン, Public domain, via Wikimedia Commons.
シェイクスピアの悲劇『ハムレット』のヒロイン・オフィーリアの最期の様子は、舞台の上では直接演じられず、王妃ガートルードの台詞で語られるのみだ。
恋人ハムレットに突き放され、目の前で父親を殺されたオフィーリアは正気を失ってしまう。そして、自ら作った花冠を枝にかけようとして小川に転落し、そのまま流され、最後は水の底へと消えていく。
この様子を、ミレイはできる限り原文に忠実に画布の上に再現しようとした。そのために、まずは舞台探しから始めた。
「柳の木が小川の上に斜めに身を乗り出し鏡のような流れに銀の葉裏を映している」(出典:『ハムレット(シェイクスピア全集1)』、ちくま文庫、p.223)
という原文のイメージに適合する場所として、サリー州のホグズミル川の流域を見いだした彼は、何か月もかけてその風景を、文字通り草花の一枚にいたるまで丹念に写生した。
そして12月、ロンドンのアトリエに戻ると、今度はバスタブを用意し、そこにモデル役のエリザベスを浮かべて、オフィーリアの姿を描き始めたのだ。
エリザベスも、ただ言われるがままにポーズを取ったのではあるまい。
ジョン・エヴァレット・ミレイ、〈オフィーリア〉(部分拡大)、1851年頃、テート・ブリテン, Public domain, via Wikimedia Commons.
オフィーリアの顔をよく見てみると、半目気味の目は虚ろで焦点が合わず、口はうっすらと開いている。「古い歌をきれぎれに口ずさんでいた」という原文の描写とも一致する。
何も知らないまま、悲劇に巻き込まれて心を壊し、死と生の間をたゆたいながら流されていく。
そんなオフィーリアの内面を、エリザベスは想像力によって引き寄せ、自らの身体で表現したのではないだろうか?
そして、そんなエリザベスの姿は、ミレイの創作意欲をより強くかきたてたのではないだろうか。
途中、バスタブを温めるための火が消えて、エリザベスがひどい風邪を患うというアクシデントもあった。しかし、ミレイもエリザベスも折れなかった。制作は続けられ、ついにラファエル前派を代表する傑作の誕生に至ったのである。
それはまさに画家とモデル、二人の人間による共作であると同時に、情熱のぶつかり合いでもあっただろう。その火花こそが作品のパワーとなったことは想像に難くない。
