⑤<ベアタ・ベアトリクス>ー鎮魂の思いをこめた一枚
この悲劇的な結末に、さすがのロセッティも衝撃を受けた。
なぜ、こんなことになってしまったのか。後悔は尽きず、ロセッティ自身も次第に心身を病んでいった。
そして、1864年〜70年にかけて、ロセッティは一枚の絵を描き上げる。それが<ベアタ・ベアトリクス>である。
ダンテ・ガブリエル・ロセッティ、<ベアタ・ベアトリクス>、1864~70年、シカゴ美術館, Public domain, via Wikimedia Commons.
ベアトリクスとは、イタリアの詩人ダンテの「永遠の恋人」ベアトリーチェのことだ。これまでにも、ロセッティはしばしばエリザベスをこのベアトリーチェに重ねて描いてきた。
薄明りに照らされる中、灰色の衣と緑色の上着をまとい、バルコニーに座ったベアトリーチェは、目を閉じ、恍惚とした表情を浮かべている。
上に向けた掌には、愛を象徴する赤色で描かれた鳩がケシの花を届けようとしている。このケシの花は、死と眠りの象徴であり、阿片チンキの過剰服用による死をほのめかしている。
背景左手に立つ赤い衣の人物はダンテで、その手にはベアトリーチェの消えゆく命が炎となって揺らいでいる。日時計が指す「9」は、ベアトリーチェが世を去った「1290年6月9日の9時」を示す。
そして、奥に描かれたフィレンツェのポンテ・ヴェッキオは、天上へとつながる「橋」を象徴している。
こうした様々な暗示をちりばめたこの作品を通して、ロセッティは、自身を名前にも含まれる詩人ダンテに、そして、エリザベスをベアトリーチェに重ね、彼女の記憶と魂を永遠の存在として昇華しようとした。それこそが、ロセッティがエリザベスにできる「鎮魂」の形だった。
エリザベス・シダルは、ただ画家たちの創作意欲を刺激する「美神」ではなかった。様々な制約に直面しながらも、自らの創作や表現への情熱を捨てることはなく、必死に足掻き、選択した。そして、ラファエル前派へのモデルとしての参加や、自身の創作を通して、短い時間ではあっても、自分の「夢」を実現した。
もし、人生をやり直せるとしたら、エリザベスは、平凡な日常にとどまることと、夢に賭けること、どちらを選ぶだろうか?

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