自分で自分を責めないで

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「消えたい」「死にたい」と思いながら生きているときに、「こんなことを思ってしまうなんて、自分はダメな人間だ」とさらに自分を責めてしまっている子のほうが多いのです。
「せっかく命を授けてもらったのに、死にたいと思っている自分はなんて親不孝なんだろう。こんなことを思う自分は、やっぱり生きている意味がない」。そんなふうに自分を追いつめてしまう子がいるということを、多くの人に知っておいてほしいのです。
それに、「命を大切にしよう」と思えるのは、その人自身が「大切にされている」と感じられた経験があってこそ思える感情なんだと私は思っています。
だれかに守られ、大切にされたという経験があってはじめて、人は自分の命の大切さを感じることができます。
大切にされた実感がないまま、「大事な命を粗末にしてはいけない」と言われても、ただ責められているようにしか感じないのです。
ですから、私は診察室で「死にたい」と言われたときも、「そんなこと思っちゃダメだよ」とは絶対に言いません。
「死にたいと思う自分を責めないであげてね。そう思いながら生きるときがあってもいいと先生は思っているよ」と伝えています。
心のなかで思うことは自由

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そもそも人の感情というのは簡単にコントロールできるものではなく、常によいことだけを考えられるわけではありません。
私自身も、ポジティブな感情だけではなく、なにかがいやだとか、だれかが憎いというネガティブな感情が湧いてくることもあります。
でも、それぞれが心のなかで思うことは自由で、だれにも止められません。
たとえそれが「死にたい」という感情であったとしても、そのことで自分を責める必要はないのです。
ですから、「死にたい」という子には、そう思ってもいいけれど、それを行動には移さないでほしいということだけは伝えています。
そして、もうどうしようもないと感じるほど追いつめられている子がいたら、「また相談に来る」という約束だけはしてほしいと話しています。
精神科医にとって「死にたい」と言う患者さんを家に帰してもいい条件は、「また必ずここへ来る」という約束ができたときだけです。
「死にたいって思いながら生きててもいいんだよ。でも、来週までは生きてここでまた一緒に話そう」
その子には、そういう話を慎重に、ていねいに続けていきます。
