
高石あかりが主演を務める連続テレビ小説「ばけばけ」(毎週月~土曜朝8:00-8:15ほか、NHK総合ほか※土曜は月~金曜の振り返り)。同作は、松江の没落士族の娘・小泉セツをモデルに、外国人の夫ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)と共に「怪談」を愛し、急速に西洋化が進む明治の日本の中で埋もれてきた名も無き人々の心に光を当て、代弁者として語り紡いだ夫婦の物語だ。主人公・松野トキを高石が、夫・ヘブンをトミー・バストウが演じる。
「ばけばけ」の物語も終盤を迎え、第23週ではヘブンが日本人になるということ、そして錦織(吉沢亮)との関係が色濃く描かれた。WEBザテレビジョンでは「ばけばけ」の脚本家・ふじきみつ彦氏にインタビューを実施。作品に込めた思いを語ってもらった。
■「トキはトキのままでいてほしい」という願いを込めて
――今作は大きな事件が次々と起きるというよりも、日々の生活や人と人との関係が丁寧に描かれている印象があります。一方で、どこか現代日本の空気と重なるように感じる視聴者も多いのではと思います。この点は意図的だったのでしょうか?
現代の社会状況と重ねようとして書いたわけではなく、「たまたまそうなった」というのが正しいかなと思っています。僕が書いているのは、あくまで小泉セツさんとハーンさんの間にあった物語です。「今の世の中がこうだから、こういうふうに書いていこう」と意識したことはほとんどなく、見ている方が「今と似ているな」と感じてくださることはあると思うのですが、それはおそらく、当時の空気感と今がどこか通じ合っているからなのかな、と。
僕らが学校で習う明治初期のイメージは、明治維新があって「文明開化だ!」と盛り上がっている表舞台の話ばかりですよね。でも実際には、表舞台ではない場所に今回ドラマで描いたような取り残された人たちがたくさんいた。その地味だけれど懸命な暮らしぶりが、図らずも今の社会と似通っていたところがあるということなのだと思います。狙って書いたわけではないのですが、僕自身も書いていて「確かに似ているな」と思う部分はありますね。
――日常が描かれる中、トキがしじみ汁を飲んで「あーっ」と声を出す場面や、スキップのシーンなど、どこかユーモラスな瞬間も多くありました。こうした場面はどのように生まれたのでしょうか。
脚本を書いていく中で、自然に生まれたものがほとんどです。しじみ汁を飲んでトキが「あーっ」と言う場面も、最初から計算して作ったものではありません。松野家を描く際、武士の家らしさをどう表現しようかと考えていたときに、司之介の価値観として「しじみ汁を飲んで“あー”と言うのは武士の娘らしくない」という感覚があるのではないかと。そして書いてみたらうまくはまった、という感じなんです。何度もしじみ汁のシーンは出てきますが、トキはトキのまま、ずっとトキでいてほしいという思いが僕の中にあって。幼い頃から変わらないトキの部分を象徴したものにもなりました。
スキップのシーンも同じで、何か大きな狙いがあって入れたわけではありません。いろいろと考えて構築したというより、ふと浮かんで書いてみたら、そのまま物語の中に自然になじんでいきました。
■『思ひ出の記』には、ヘブンさんとの思い出がたくさん詰まっています
――最終週に向け、劇中では小泉八雲の『怪談』と、セツの『思ひ出の記』という二つの著書が象徴的に登場します。この終盤の構成はどのように決まったのでしょうか?
『怪談』は小泉八雲さんの生前最後に出版された作品ですので、全25週のあらすじを最初に考える段階で、これを第24週に描こうと決めていました。そして『思ひ出の記』も同様です。ヘブンさんが亡くなった後、トキが自分の人生を振り返る術としてこの本を書いていく。これも僕やスタッフの間であらかじめ決めていたことでした。著書としての題材をどれにするかといったことで悩むことはありませんでしたね。
――やはり資料として『思ひ出の記』は大きいものでしたか?
そうですね。セツさんの人生について書かれた資料というのは、実はこの『思ひ出の記』以外にはほとんどないんです。逆に言えば、ここにはヘブンさんとの思い出がたくさん詰まっている。ですから、なるべくその内容を最終盤で扱いたいと思っていました。
本当はもっとたくさんのエピソードを盛り込みたかったのですが、泣く泣く削ったものもあります。スタッフとも話し合いながら書いていきましたが、視聴者の皆さんにはドラマで描ききれなかった部分をぜひ原作を読んで補完して楽しんでいただけたらうれしいです。
■脚本を飛び越えて、立体的に作り上げてくれました
――第23週では、ヘブンと錦織の関係が色濃く描かれていました。改めて、二人に込めた思いをお聞かせください。
言葉にするのが難しいのですが、ヘブンと錦織は本当にお互いを大切に思っていたんですよね。お互いに大切な人であり、二人で日本滞在記は書いたけれど、もっともっと錦織とヘブンのコンビを見ていたいという思いも生まれました。ただ、史実としては錦織のモデルである西田千太郎さんは亡くなってしまいますし。千太郎さんとハーンさんの関係はこのドラマとはまた少し違ったものだったと思いますが、「ばけばけ」での二人は、錦織がヘブンに振り回され、途中からは勝手に振り回されているような(笑)、どこかかわいいコンビに仕上がりました。
二人の間にある分厚い友情は、僕の脚本というよりも、演じる吉沢さんとトミーさんの佇まいが脚本を飛び越えて、立体的に作り上げてくれたものです。第23週の最後に、八雲さんの著書『東の国から』に書かれているものを基にした、「出雲時代の懐かしい思い出に。錦織友一へ」という言葉が出てきます。これこそ本当に二人の関係を表していると思っていますし、僕も放送を見たらすごく泣くだろうなと。きっと脚本を飛び越えた素晴らしいシーンになっただろうと思います。
僕は、錦織友一という名前に入れた「友」という字の通り、彼こそがヘブンにとっての一番の友達だったと思っています。そして吉沢さんとトミーさんが素晴らしい二人の友情を体現してくださり本当にうれしいです。
■「この町にあの夫婦がいてくれて本当によかったな」と思えました
――「ばけばけ」には個性的なキャラクターが数多く登場します。ふじきさんがもしこの世界で生きるとしたら、誰になりたいですか?
難しいですね(笑)。でも、好きなのは勘右衛門(小日向文世)ですね。ちょうど先日、家族と「誰が一番好き?」という話をしていて、娘は「英語も日本語も喋れるから錦織さんが好き」と。で、僕は誰だろうと考えた時に、スッと出てきたのが勘右衛門だったんです。勘右衛門が、一回も「ヘブン」と言わず、大真面目に「ペリー」と呼び続けている頑なさも好きですね。僕が書く脚本を象徴しているような人物でもあり、一切笑わせようとしていないのに、やっていることがいちいちおかしい。登場人物みんなが大真面目に生きているということは大前提なのですが、特に勘右衛門には、その“大真面目に生きているからこそ生まれるおかしみ”が凝縮されている気がします。
自分の信念を曲げず、周りにどう思われるかも気にせず、家族を愛して真面目に生きている。僕が「さあ、勘右衛門になるぞ」と思ってもなかなか難しいかもしれませんが、生まれながらに勘右衛門だったなら、結構幸せなんじゃないかなと思います。
――最後に、実在の小泉八雲とセツさんをモデルにしたトキとヘブンの姿を見守ってきた思いをお聞かせください。
オーディションで高石さんがトキを、トミーさんがヘブンを演じると決まった時、この二人で実在する小泉夫妻をモデルに描いていくんだなと感慨深いものがありました。脚本を書いている時はなかなか実感が湧かない部分もあるのですが、放送が始まり、うらめしいことがありながらも生き生きと動く二人を見ていると、小泉夫妻は本当にこういう人たちだったのだろうとリアルに感じられてきて。お二人の芝居、表情、映っているものすべてが、本当に明治のあの時代の松江なのではないかと信じられるようなドラマだなと思えたんです。
僕は母が松江出身で、たまたま松江生まれだったので、子供の頃から八雲の旧居などは知っていました。でも、当時はそこまで身近な存在ではなかったんです。それがこのドラマを通じて、「この町にあの夫婦がいてくれて本当によかったな」と思えるようになった。自分でも驚くくらい、高石さんとトミーさん、そして「ばけばけ」に登場するすべての人たちが大好きです。
※高石あかりの「高」はハシゴダカが正式表記


