こうした事態を背景に、地域社会では安全対策の強化と生息域管理が急務となっている現状があります。
3月2日に発売した新書『クマは都心に現れるのか?』(扶桑社)で、2025年のクマ騒動を研究者として分析した東京農工大学・小池伸介教授に話を聞きました。

(小池伸介さん/提供写真)
■東京近郊の“最前線”——圏央道ライン、そして裏高尾
ーー先生はそもそも関東近郊の森林と生物の研究をされていました。関東近郊のツキノワグマの状況について教えてください。
小池伸介教授(以下、小池) 私は栃木の日光周辺と東京の奥多摩で調査をやっているのですが、25年ほど前に奥多摩で調査を始めた頃とは、やはり変わってきたと感じます。当時は東京でクマが出るといえば奥多摩か檜原村かという感じでしたが、現在はもう青梅や八王子、高尾山にもクマがいる状況です。
この20年間ぐらいで、東京のクマは少しずつ少しずつ都心に近づいてきていて、現在の最前線は圏央道(首都圏中央連絡自動車道)あたりと言えるのではないでしょうか。高尾山には人気のビアガーデンがありますが、実はそのすぐ裏手ぐらいの山にもういることがわかっています。
ーー本当に人間のすぐ近くに来ているのですね。
小池 はい、東京であってもクマの分布は広がってきていますし、おそらく数も増えてきているでしょう。昨年の東北で起きたことは首都圏の人間にとっても実は他人事ではなくて、いつ東京でもふらっと出てくるかわからないと言えます。
さすがに100頭出ることはないものの、1頭ぐらいがちょろっと八王子の町中に出るなんてことは、このまま何もしなければ当然起こり得ます。
■日本の森は「豊かすぎる」

(※画像はイメージです)
ーー今年2月まで1年間、サバティカル(研究休暇)で、ノルウェーのヒグマ研究チームと共同研究をしていたそうですね。スカンジナビア半島ではクマの推定頭数が約3,000頭に対し、日本のツキノワグマは推定4万超ともいわれており、大きな乖離に驚いています。なぜこんなに日本にはクマが多いのでしょうか。
小池 北欧は森が多いイメージがあると思いますが、緯度が高く、針葉樹林(タイガ)が中心で、クマのエサ資源が限られます。一方、日本は国土の約7割が森林で、広葉樹が多く実り豊かな森という特徴があります。生態系の収容力が、クマの個体数を許容しやすいのです。数字の大きな違いは、森の生産力の差を反映しています。ただし、これをポジティブに取るか、ネガティブに取るかということですね。
ーー確かにポジティブにも取れる気がしますが、4万頭というのは……。
小池 時代によって変わると思うのですが、今の日本の社会ではもう許容できる限界を超えてしまっていると思います。人の生活圏に近い場所では密度を下げ、山側へ押し戻していかないと、地域の人が安全に暮らしていくことができない状況になっているわけですね。このままでは、大げさに言えば、人間のほうが電気柵の中で暮らさなければならないことになってしまいます。
ーーたとえば10年後、クマと人との境界はどう変わると考えられますか。
小池 何もしなければもっとひどい状況になっていくと思います。日本の人口減と高齢化は進むと考えられますから、クマの分布はさらに広がるでしょう。すると、昨年のようなことが何年かおきに日本のどこかで繰り返されることになります。
とはいえ、あくまでもそれは“何もしなければ”です。昨年、環境省がクマ被害対策パッケージを発表しましたが、しっかりその内容が実行されていけば、少なくとも去年のようなことが起きる可能性は、どんどん下がっていくと思います。
