ヨハネス・フェルメール《真珠の耳飾りの少女》, Public domain, via Wikimedia Commons.
しかし、これほど有名な作品にもかかわらず、少女が誰なのかはわかっていません。彼女の正体は、フェルメールにとって身近な少女か、はたまた禁断の恋の相手か…。モデルをめぐる3つの説を紹介していきます。
《真珠の耳飾りの少女》は誰でもない「トローニー」?
《真珠の耳飾りの少女》は「トローニー」というジャンルの絵画とされています。「トローニー」とは、表情や感情、衣装の表現などを目的に描かれた人物画。王様や貴族の肖像画とは異なり、「描かれた人物が誰であるか?」は重視されません。
ヤン・リーフェンス《Profile Head of an Old Woman》(トローニーの例), Public domain, via Wikimedia Commons.
トローニーは17世紀オランダで流行したジャンル。《真珠の耳飾りの少女》もそのひとつとされており、フェルメールが誰をモデルに描いたのかはわかっていません。
その匿名性が逆に魅力となるのが本作です。トローニーといえど、「この少女は一体誰なんだろう」と気になりませんか?
仮に実在しない理想の女性を描いたトローニーだったとしても、最低限の参考としたモデルはいたはず…。フェルメールの研究者たちも気になるらしく、これまでにさまざまな説が持ち上がってきました。
今回は、《真珠の耳飾りの少女》のモデルをめぐる3つの説をご紹介します。
①フェルメールの長女マリア説
結婚後のフェルメールが暮らした家(2019年9月 筆者撮影)
1つめの説は、14人もの子どもがいたフェルメールの長女、マリアがモデルだとする説です。(子どもは15人だったという話も…!)
モデルを雇うのはお金がかかるので、画家の家族は何かとモデルを頼まれがち。フェルメールも同じように、身近で協力的な家族のひとりをモデルにしたのでは…と考えられています。マリアは父の助手を務めることもあったらしく、フェルメールとしてもモデルを頼みやすかったかもしれません。
また、マリアが生まれたのは1654年頃とされており、本作が描かれた1665年頃、彼女は11歳前後でした。絵画に描かれたあどけない表情の少女と、年齢的にも一致するのではないか、ということです。(東洋人の感覚だと若すぎる気もしますが、西洋人の年齢感だとしっくりくるのかも)
ただし、絵画の制作年は推定でして…。支持率は高めですが、確たる説とまでは言えません。
②フェルメール家の使用人説
フェルメールが生涯を送ったデルフトの街並み(2019年9月 筆者撮影)
フェルメールは裕福な家に生まれた女性と結婚したこともあり、一時期は自身もゆとりある生活を送っていました。その頃に雇っていた使用人をモデルにしたのではないか…とするのが、2つめの説です。
…ただし、この説が有名になったのは研究の成果というより、小説の影響が大きいようです。その小説とは、アメリカの作家トレイシー・シュヴァリエが絵画に着想した『真珠の耳飾りの少女』。使用人の女性がフェルメールの絵の仕事を手伝うようになり、徐々に親密になっていき…? という内容です。
本作はスカーレット・ヨハンソン主演で映画化もされました。また、絵画は《青いターバンの少女》《ターバンを巻いた少女》などと呼ばれていましたが、この映画をきっかけに《真珠の耳飾りの少女》が定着したとも言われています。
小説も映画も、実話と錯覚するくらいリアリティに溢れていたため、使用人説が世に広まる結果に。とはいえ、この説にも確たる証拠はありません。
③パトロンの娘マグダレーナ説
フェルメールが加入した聖ルカ組合の建物(現在はフェルメール・センター)(2019年9月 筆者撮影)
最後は、フェルメールのパトロンの娘、マグダレーナをモデルとする説。こちらは2020年代から聞くようになった新説です。
マグダレーナは、フェルメールの画業を支えた最大のパトロン、ピーテル・ファン・ライフェンの娘。1655年に生まれた彼女は1667年に12歳を迎え、キリスト教の洗礼を受けました。マグダレーナ説では、これを記念して《真珠の耳飾りの少女》が描かれたとされています。
ただし、やはり制作年が確定しないため、この説も決め手に欠ける状況です。個人的には、パトロンの娘なら画家にとっては重要な人物なので、トローニーではなく肖像画に近くなるのかな、と考えたり…。
「トローニー」だから味わえる!フェルメールが仕掛けた謎と魅力
マウリッツハイス美術館 展示風景(Sailko • CC BY 3.0), Public domain, via Wikimedia Commons.
制作年がよくわからない《真珠の耳飾りの少女》のモデルについては、有力な説から憶測までさまざまな話が飛び交っています。それだけ多くの人を夢中にする魅力を秘めた作品とも言えますよね。
よく見てみると、モデル以外にも不可解な点がたくさんあるんです。ここではあらためて、「トローニー」としての《真珠の耳飾りの少女》の謎に迫ってみましょう。
①天然にしては大きすぎる真珠
ヨハネス・フェルメール《真珠の耳飾りの少女》(部分), Public domain, via Wikimedia Commons.
17世紀のオランダでは真珠を使ったアクセサリーが流行していました。お金持ちでなくても身につけられるものでしたが、本作に描かれた真珠はさすがに大粒すぎるような…?
現代ならまだしも、当時は真珠の養殖技術などありませんでした。インド洋やペルシャ湾などから天然真珠を輸入していた時代で、本作ほど大きな真珠は入手できなかったと考えられています。
というわけで、ガラスを使った模造品をモデルに描いたか、フェルメールが想像で描いたか…と考えられています。
②異国情緒ある青いターバン
ヨハネス・フェルメール《真珠の耳飾りの少女》(部分), Public domain, via Wikimedia Commons.
フェルメール・ブルーを惜しみなく使った青いターバンは、当時のトルコのあたりのファッションでした。
当時のトルコ(オスマン帝国)はヨーロッパを脅かす存在だった一方、異国情緒あふれる文化はヨーロッパ人たちを魅了。トルコ風の家具や服装も人気があり、絵画に取り入れる画家もいました。
フェルメールの《真珠の耳飾りの少女》も同様で、本作はトルコ風のターバンを巻いたヨーロッパの少女を描いた作品。つまり、ターバンは彼女自身を示すトレードマークではありません。衣装がモデル特定のヒントにならない点も、本作のモデル探しが難航している裏事情のひとつと言えそうです。
③少しだけ開いたツヤツヤの唇
ヨハネス・フェルメール《真珠の耳飾りの少女》(部分), Public domain, via Wikimedia Commons.
わずかに唇が開いているのも本作の大事なポイント。何か言おうとする直前にも見え、それゆえ私たちは彼女から目が離せなくなってしまうのではないでしょうか?
本作は何度か修復を経ており、唇に反射する光が修復されたのは近年になってから。フェルメールらしい光が戻ってきたのは、割と最近のことでした。
唇が軽く開いて微笑んでいるようにも見えることから、「北のモナリザ」など《モナ・リザ》になぞらえて呼ばれることもあります。
