貴重な「日常の断片」
記憶は、私たちが思っている以上に曖昧です。
意識して残さない限り、愛する人の気配は少しずつ色褪せて、現実味を失っていってしまいます。
母からの長電話を「はいはい、わかったから」と適当に切り上げていたあの時の自分を、今すぐ止めに行きたい。
あの煩わしいほどのお節介な声こそが、私の世界を支えていたのかもしれません。
写真の笑顔も素敵ですが、その笑顔に至るまでの表情の変化や言葉の抑揚にこそ、その人らしさが宿っているのだと今さらながら思い知らされたのでした。
今できることを
もしあなたにまだ元気なご両親がいるのなら、どうか今のうちに、何でもない会話を記録しておいてください。
「恥ずかしい」と照れて笑う姿、そのしわがれた笑い声を、そのまま残してほしいのです。
特別な記念日の記録ではありません。
日常の、取るに足らないお喋りこそが、あなたを救う宝物になります。
後悔のないように、愛する人の温もりを、未来の自分へ届けてあげてくださいね。
【体験者:50代・女性会社員、回答時期:2026年1月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:藍沢ゆきの
元OL。出産を機に、育休取得の難しさやワーキングマザーの生き辛さに疑問を持ち、問題提起したいとライターに転身。以来恋愛や人間関係に関するコラムをこれまでに1000本以上執筆するフリーライター。日々フィールドワークやリモートインタビューで女性の人生に関する喜怒哀楽を取材。記事にしている。

