京都大学の学生寮「吉田寮」のうち、築113年の「現棟」に入居する学生が、今年3月末までに一時退去する。大学側と争ってきた裁判で、昨年8月に大阪高裁で成立した和解内容に従うためだ。現在、寮生たちは建物を大学に明け渡す準備を進めている。
一方、大学側は「速やかに耐震工事に着手し、遅くとも5年以内に工事を完了することに努める」ことや、工事完了後に一時退去した学生の再入居を認めることに合意している。
しかし、寮生との交渉は再開されておらず、工事計画も示されていない。裁判の対象ではなかった「新棟」への新規入寮についても、大学側は認めない姿勢を続けている。
こうした状況を受けて、吉田寮自治会は3月19日、大学に対して対話の再開と、建築的・歴史的価値を尊重する補修を速やかに実施することを求め、8858筆の署名を大学に提出した。
吉田寮問題の現状と今後の課題について取材した。(ジャーナリスト・田中圭太郎)
●明渡しの準備が進められる築113年の「現棟」
「現棟はアルファベットの『E』のような形で3棟あり、管理棟と呼ばれる廊下のところでつながっています。結節点みたいなところなので、ここで座っている人がいたり、鍋とかをやっていたり、人と人が普段から交わることが多い場所です」

そう話すのは、吉田寮寮生の吉田麟太郎さん。建物の明け渡しを3月末に控え、引っ越しやゴミ出し、資料整理などが進む寮内を案内してくれた。

「現棟」は1913年に建造された築113年の建物で、現存する学生自治寮としては日本最古とされる。2階建ての建物が3棟連なっており、1889年に竣工した旧制第三高等中学校の学生寄宿舎の材木が再利用されている。
「廊下の板はすごく長いですよね。かなり良い材木が使われています」

天井は、細い横木の上に天井板を載せる伝統技法「竿縁天井」でつくられている。継ぎ目は少なく、長い材木が使われているのが特徴だ。また、階段の柱には三高時代の三つ星のようなマークが刻まれるなど、随所に細かな意匠が施されている。


部屋は主に6畳と8畳で、1970年代には2人部屋が中心だった。共有スペースには書籍や寮に関する資料が山積みになっており、保存のため段ボールに詰める作業が進められていた。

「かなり蔵書があります。1920年代くらいからの寮生が使っていたと思われる本もあって貴重なので、一旦ダンボールにつめて資料として保管しようとしています」
●6年半の裁判で寮の存続勝ち取る
吉田寮には「現棟」のほか、2015年に建造された「新棟」と、1889年建造で2015年に大規模補修された「食堂」がある。
寄宿料は月額400円で、水道光熱費や自治会費を含めても寮費は月額約2500円と格安だ。2015年まで、寮自治会と大学との間で「運営について一方的な決定は行わず、合意の上で決定する」などとする確約書が交わされていた。

ところが大学側は2017年、「老朽化」を理由に方針を転換し、新規入寮の停止と全寮生の退去を求めた。完成したばかりの「新棟」の寮生にも退去を求める不可解な内容だった。
寮自治会は話し合いの継続を求めたが、大学側は応じず、2017年12月19日に退去通告をおこなった。通告書は現在も寮の看板の横に貼られたままだ。

大学側の強硬な姿勢に対し、寮自治会は2019年2月、食堂の使用継続を条件に安全対策として現棟での居住を停止する譲歩案を示した。
しかし、それでも大学は受け入れず、2019年4月と2020年3月の2回にわたり、「現棟」と「食堂」の明け渡しを求めて寮生と元寮生45人を提訴する異常な事態となった。
一審・京都地裁の判決では、すでに卒業などで退寮していた寮生については明け渡しを命じたものの、現棟に在寮していた17人のうち14人については退去の必要はないと判断された。寮自治会の法的主体性を認めるなど、寮生側の主張を大きく認める内容だった。
判決後、寮生たちは「勝訴」を掲げた。


その後、双方が控訴し、昨年8月に大阪高裁で和解が成立した。和解内容は「現棟」に住む寮生に「在寮契約」を求めること、3月末までに一時退去すること、大学が耐震工事などをおこなった後に再入居を認めること、そして食堂の継続使用を認めること──などだ。実質的に寮の存続を勝ち取った。
ただし、この和解内容は寮自治会が2019年2月に提示した譲歩案とほぼ同じものであり、6年半の裁判の末に当初の提案に近い形へ戻っただけともいえる。

