「美容師をしていますが、残業代は請求できませんか?」ーーこんな質問が弁護士ドットコムに寄せられました。
相談者は今の店で朝9時から20時30分まで(休憩1時間)勤務し、月7回休みがあるとのことです。今の店で約3年間働いているそうですが、オーナーに残業代の支払いを求めたところ、「最初の契約上その時間(9:00-20:30)でサインしているから残業にはならない」と言われたそうです。
オーナーの言う通り、労働時間についてサインをしてしまったら残業代は発生しないのでしょうか。簡単に解説します。
●「契約書にサインした」というオーナーの言い分は通用しない
残業代を請求する大前提として、まず相談者が「労働者」かどうかが問題になります。
ご相談の内容からは相談者の労働形態は不明ですが、美容師の場合には正社員などの雇用形態の他、業務委託(フリーランス)であるケースもあります。
まず、正社員(雇用)だった場合についてです。この場合は問題なく「労働者」と認められるでしょう。
オーナーは、契約書で労働時間が決まっているから残業代を支払う必要がないと言っているようです。
しかし、労働基準法では、1日8時間・1週40時間が「法定労働時間」の上限とされています(同法32条)。これを超えて働かせた場合、使用者は25%以上の割増賃金(残業代)を支払わなければなりません(同法37条)。
注意すべきなのは、「残業かどうか」は、契約書に書かれた勤務時間をもとに決まるわけではなく、法定労働時間を超えたかどうかで決まる、ということです。
つまり、たとえ「9時から20時半まで」という長時間の契約にサインしていたとしても、そのことは関係ありません。1日の実労働時間が8時間を超えた分は、「法定時間外労働」となり、基本的には割増賃金の支払い義務が生じます。
相談者の実労働時間は1日10.5時間ですから、基本的には毎日2.5時間分の残業代が発生していることになります。
「長時間の勤務でサインしたから残業にはならない」というオーナーの主張は、この仕組みを無視したものである可能性が高いといえます。
なお、過去の残業代は今のところ3年分まで遡って請求できます。タイムカードや出退勤の記録があれば、今のうちに保全しておき、なるべく早めに弁護士などに相談すると良いでしょう。
●美容師も「労働者」にあたりうる
次に、相談者の契約形態が業務委託であった場合です。 一見すると、業務委託だと「労働者」にはあたらず、残業代の請求は出来ないようにも思えます。しかし、業務委託やフリーランスでも、残業代が認められるケースはあります。
「労働者かどうか」は契約書の形式や名称では決まりません。働き方の実態で判断されます。
難しい言葉ですが、「使用従属性」(しようじゅうぞくせい)がある場合、「労働者」とされます。その判断には、具体的には次の4点を総合的に考慮するとされています。
1)仕事の依頼を断る自由がない
2)業務のやり方について具体的な指示を受けている
3)時間や場所が拘束されている
4)自分の代わりに別の人を立てて働かせることができない
美容関係の職種でも、「業務委託契約書」を結んでいても、実態が雇用と変わらないとして労働者性を認めた裁判例があります。
まつげエクステ店のスタッフについて判断した東京地裁令和3年(2021年)7月13日判決では、「形式的な契約形式にかかわらず、その実態が使用従属関係の下における労務の提供と評価できるか否かにより判断することが相当である」とした上で、①LINEを通じた頻繁な業務指示の存在、②休暇取得にオーナーの承認が必要だったこと、③タイムカードへの打刻を求められていたこと、などを理由に労働者性を認めています。
相談者のケースでは、9時から20時半まで店に拘束されて勤務しており、細かい事情までは分からないものの、上の4つの要素について労働者と認められる方向に傾く事情が多そうです。
繰り返しますが、仮に「業務委託」という名称の契約などがあったとしても、実態が雇用と変わらなければ、法律上は「労働者」として扱われ、残業代を請求できる余地があります。
(弁護士ドットコムニュース編集部・弁護士/小倉匡洋)

