モナリザ, Public domain, via Wikimedia Commons.
「囲い込む」という行為から生まれた形
ボストン美術館, Public domain, via Wikimedia Commons.
絵というものを成立させるためには、どこかで「ここからここまでが絵の中」という境界線を引く必要があります。その境界がなければ、描かれたものが絵の一部なのか、ただの落書きなのか、見ている側には判断がつきにくい部分がありました。
この「囲い込み」という行為が絵画というジャンルそのものを成立させる根本的な前提だと指摘している美術史家もいます。そして面白いことに、その囲いは長方形でなくても構わなかったにもかかわらず、少なくとも西洋美術の歴史においては、長方形が「ほぼ必然的な選択」になっていったとも考えられます。
では、なぜ長方形が選ばれたのでしょうか。その背景には、絵画が生まれた場所「建築」が大きく関わっています。中世ヨーロッパにおいて、絵はほとんどが教会のために制作されていました。祭壇の背後に飾られる「祭壇画(アルターピース)」がその典型で、絵画とは教会建築の一部でした。
サン・ピエトロ大聖堂の聖ヨセフの祭壇, Public domain, via Wikimedia Commons.
そして教会の空間は、壁も柱も窓も、基本的にすべて直線と直角で構成されています。建物が長方形のパーツで組み立てられている以上、そこに納める絵もまた長方形になるのは自然な流れでした。
ルネサンス期のイタリアでは、この関係がより明確に現れます。時代が進むにつれ、複数のパネルに分かれた「ポリプティク(多翼祭壇画)」から、単一の長方形パネルに統一された「パーラ(pala)」という形式が主流になっていきました。
15世紀のフィレンツェでは、ゴシック様式の複雑な形状の祭壇画が時代遅れとみなされ、古典的なローマ建築の柱や梁を模した枠に入れた長方形の祭壇画に置き換えられていきます。絵の形が変わること、それ自体がその時代の美意識や文化的な更新を示していたとも言えます。
こうして建築に埋め込まれる形で、長方形はあらゆる絵画の「基本的な外形」として定着していくことになります。
『小椅子の聖母』, ラファエロ, Public domain, via Wikimedia Commons.
もちろん、長方形だけが用いられてきたわけではありません。ルネサンスの画家 Raffaello Santi(ラファエロ・サンティ、1483–1520) などは、「トンド(tondo)」と呼ばれる円形のパネルや板に聖母子を描くことがありました。
しかし建物の空間の制約や、制作・展示のしやすさといった現実的な要因を前に、円形のフォーマットは少数派にとどまります。長方形は、建築という器から生まれ、その器の中にうまく収まり続けることで、他の形を押しのけるように支配的になっていったと言えます。
人間の視野は横長だった
マドリード, プラド美術館, Public domain, via Wikimedia Commons.
「なぜ絵は長方形なのか」を考えるうえで、建築や歴史的な経緯だけでなく、人間の身体的な特性にも目を向けることが大切です。私たちが世界を「見る」という行為そのものが、特定の形状と深く結びついているからです。
人間の視野、つまり一点を見つめたときに同時に見える範囲は、水平方向のほうが垂直方向よりも大きくなっています。つまり横長の長方形に見えているということです。両目を合わせた両眼視野は水平方向でおよそ180度以上、一方で垂直方向は上方60度・下方75度ほどで合計130度程度とされています。
これは目が顔の横並びに位置することに起因しており、左右には広く、上下にはやや狭い視野を持つという構造になっています。横長のフォーマットが私たちにとって「自然に感じられる」背景のひとつには、こうした生体的な事実もあります。
英国の研究者らが行った視覚空間の知覚に関する研究でも、人間の視野の形は長方形よりも楕円形に近いとされており、実際に人の顔の構造上、下方をより広く見やすい傾向があることが指摘されています。
完全に対称な長方形が視野と一致するわけではないものの、縦横比のある四角い枠は、その楕円形の視野に対して最も合理的な「近似」として機能してきたとも言えます。
フィレンツェ, ウフィツィ美術館, Public domain, via Wikimedia Commons.
もっとも、この視野の話は「なぜ横長の絵があるのか」には説明がつきやすい一方、縦長の絵が広く用いられてきたことへの説明としては少し弱くなります。縦長のフォーマットは、人物を一人描くのに都合がよく、立像や肖像画ではむしろ自然な選択です。
また建築的な観点から見ても、壁の中の限られた縦の空間を活かす手段として縦長は重宝されました。つまり横長か縦長かは、絵の主題や展示環境によって使い分けられてきたものであり、共通して「長方形」という枠自体は人間の視野や建築との関係から定着していったということになります。
