「黄金比」と長方形の美学
長方形が絵画に定着した理由を語るうえで、避けて通れないのが「黄金比」の話です。黄金比とは、約1対1.618という比率で、この比率で構成された長方形を「黄金矩形(ゴールデン・レクタングル)」と呼びます。
古代ギリシャの数学者たちが発見したとされ、ルネサンス期にはパチョーリという数学者が著書(1509年)でこの比率を「神の比率」と呼んで以来、芸術や建築の世界で繰り返し参照されてきました。
Salvador Dalí(サルバドール・ダリ、1904–1989) の《The Sacrament of the Last Supper(最後の晩餐)》(1955) はキャンバス自体が黄金矩形であり、画面内にも黄金比に基づく構成が用いられています。
Piet Mondrian(ピエト・モンドリアン、1872–1944) も、直線と原色のみからなる抽象作品において黄金比を意識的に活用したと言われており、代表作《Composition with Red, Blue, and Yellow(赤・青・黄のコンポジション)》(1930) がその典型として挙げられます。
長方形の外に出た美術が問いかけるもの
現代美術の現場では、長方形のキャンバスを前提としない表現はもはや珍しくありません。インスタレーション(空間全体を作品として構成する表現)や彫刻、映像作品では、四角い枠という概念そのものが意味を失うことも多々あります。
それでも、今日の美術館や画廊に足を運ぶと、圧倒的多数の絵画が長方形の枠に収まっているという事実は変わりません。事実、絵画だけではなく、書籍・写真・スクリーン・美術館といった私たちが絵と出会う場のほとんどが長方形の枠を前提としているという考え方もできます。つまり、長方形の支配はキャンバスだけでなく、私たちが「絵を見る場」全体に及んでいます。
そうした状況の中でも、シェイプド・キャンバスの実践は絵画の批評的な言語として引き継がれています。
1960年代の運動を受けて、1970年代には Elizabeth Murray(エリザベス・マレー、1940–2007) のような作家が、有機的な形状と幾何学的形態を組み合わせた独自の非矩形絵画を展開しました。四角い枠の外に出ようとする試みは、単なる形式の実験にとどまらず、「絵画とは何か」という問いそのものに答えようとする姿勢を示しています。
https://www.instagram.com/elizabethmurrayart/?hl=en
建築から生まれ、視野の形に促され、布の素材によって強化された「長方形の絵」は、今や美的な選択であると同時に、深く根付いた文化的慣習でもあります。それを当然のものとして受け取るのか、それとも疑問を持ちながら見るのか。美術館の白い壁に四角く並んだ絵を前にするとき、その問いを頭の片隅に置いてみると、同じ景色が少し違って見えてくるかもしれません。
