銀行の本店はなぜ、あれほど仰々しいのか。なぜ銀行は儲かるのか。証券会社や保険会社は、本当に顧客本位で動いているのか――。私たちの生活に深く関わる金融の世界には、知っているようで知らない“仕組み”と“裏側”があります。
そんな金融業界のリアルを解き明かすのが、金融ジャーナリスト・鈴木雅光さんの著書『銀行の本店はなぜ仰々しいのか? 金融業界の謎』。本書では、銀行・証券・保険といった身近な金融機関の構造や慣習、そして不祥事が繰り返される背景まで、豊富な知見と取材をもとにわかりやすく解説しています。本記事では、その一部をご紹介します。
* * *
証券口座乗っ取りの真相
最近、話題になった話にも少し触れておきましょう。2025年になって発覚した、証券口座乗っ取り事件です。
本当に、インターネットって怖いなと思わされた事件でした。
自宅のパソコンのメールソフトを開くと、本当にさまざまな金融機関を騙ったメールが送られてきます。そのなかに、たまたま自分が口座を持っている金融機関からのメールがあったら、ちょっと気になることもあるでしょう。
こうして送られてきたメールに記載されているURLをクリックすると、金融機関のサイトに巧妙に似せてつくられた偽サイトに飛ばされ、求められるがままにIDとパスワードを入力すると、そのまま犯罪者たちにそれらを盗まれてしまう。そして、それが悪用され、正規サイト上の自分の口座への不正アクセスを許してしまうのです。
不正アクセスされたら、もう最後です。自分が保有している株式などが売却され、その資金で全く知られていない外国企業の株式に投資されてしまうのです。

もちろん、買わされた銘柄が成長企業なら結果オーライになるかもしれませんが、買われるのは取引がほとんど行われていない“ボロ株”です。なぜボロ株を買わされるのかというと、取引高が少ないため、株価を吊り上げやすいからです。
もちろん、この犯罪の首謀者たちは、すでに安いところでこのボロ株を買っています。そして、不正アクセスした誰かの口座の資金を使って、ボロ株を買い上げていきます。そして、株価が十分に吊り上がったところで、自分たちが安い株価で買っていた分を売り抜けて利益を確定させます。
当然、このような売りが高値で出れば、そのボロ株の株価は下落に転じます。そこでこの犯罪集団は、信用取引を使って、カラ売りを仕掛けます。売りが売りを呼んで、株価は暴落します。そして、十分に株価が下がりきったところを狙って、今度はそのボロ株を買い戻します。これによって、株価の下落局面でも大きな利益を得るのです。
全くもって、よく考えられた手です。金融庁が各証券会社から受けた報告によると、2025年1月から7月までの7カ月間に確認された不正アクセス件数は1万4069件、不正取引件数が8111件、そして不正取引による売却金額が約3307億円で、買付金額が約2898億円だったそうです。
「自己責任か、補償か」証券会社が揺れた判断
問題は、この被害に遭った人たちの損失を補償するかどうかでした。当初、証券会社は顧客に対する被害補償に対して消極的だったのは事実です。
いくつか理由はありますが、そもそもこれは証券会社側のシステムに問題がなかったからです。正規のID、パスワードを用いたログインについては、本人のものであるとみなす旨が規約に明記されており、オンライン取引を利用する人たちは、登録に際して必ずこの規約に同意しています。
また、いささか金融庁の初動が遅かった面も否めません。証券口座乗っ取りが顕在化したのが2025年1月からなので、この時点で多要素認証(複数の方法で本人確認をする仕組み)を徹底させれば、ここまで被害が広がることはなかったと思われます。
加えて、大口取引を行っているデイトレーダーは多要素認証を嫌う傾向にあり、そこに対する配慮もあったと思います。大口資金で1日の間に何度も売買を繰り返してくれるデイトレーダーは、インターネット証券会社にとってはとてもよいお客さんです。
そのデイトレーダーにとって大事なのは、自分が取引したい時に、いつでも口座を瞬時に開いて売買できる迅速性です。その点、IDとパスワードを入れれば、即、取引画面に移れる従来のシステムは、何かと便利だったのです。
しかし、多要素認証を導入すれば、IDとパスワードを入力した後、PCメールやスマートフォンのショートメールに届く暗証番号を入力しないと、取引画面に移れません。
これは証券会社によって異なりますが、暗証番号が届くまでに、数秒かかるケースもあります。特にデイトレーダーは数秒の差が命取りになったりもするので、できれば多要素認証は避けたいと考える人がいても不思議ではありません。
もちろん、前述したように証券口座乗っ取りで被害が生じたとしても、基本的に証券会社に落ち度はないので、状況を放置していた面もあります。結果、多要素認証の導入までに時間がかかり、被害額が大きく膨らんだのです。

