無重力の宇宙で、ラーメンは食べられるのか。お風呂やトイレはどうするのか。狭い空間で、どうやって心と人間関係を保つのか――。夢とロマンに満ちた宇宙での暮らしには、地上とはまったく異なる現実があります。
そんな〝宇宙生活のリアル〟を教えてくれるのが、3度の宇宙飛行を経験し、ギネス記録も持つ宇宙飛行士・野口聡一さんの著書『宇宙でラーメンは食べられるか 宇宙暮らしのロマンと現実』です。宇宙で実際に暮らしてみて初めてわかる驚きや工夫、そして人間らしい悩みや楽しみについて、本書から一部をご紹介します。
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宇宙版終活は「立つ鳥跡を濁さず」が鉄則
すべての物事には必ず「はじまり」と「終わり」があります。「『いま』がずっとつづけばいいのに」と思っても、いつかは「さよなら」を告げねばなりません。
……なんだか恋バナみたいな冒頭になってしまいました。大丈夫です、宇宙の暮らしの話です。無重力状態にすっかり慣れ、重力のある生活に戻れるのか不安になってきたころ、ISS滞在は終盤を迎えます。
地球への帰還予定日のおよそ2週間前からは、宇宙版「終活」に取りかかります。
宇宙版「終活」とは、具体的には、個室(クルークォーター)の大そうじ、私物のパッキング、実験の引き継ぎ資料作成などです。この2週間で粛々と帰還準備という名の終活を通じて、宇宙とさよならする気持ちの整理もつけていきます。
そして、ISSを去る際の絶対原則は「立つ鳥跡を濁さず」。自分の痕跡を徹底的に消し、まるでいなかったような状態にしなければなりません。ただ、宇宙飛行士だって人間です。ずっと恋い焦がれていた宇宙にきた、その証しを残したいという気持ちはもちろんあります。

「I was here!」(私はここにいたぞ!)
ふだんは人目に触れない場所にこっそり書きたくなります。
「MADE BY SOICHI NOGUCHI」(野口がつくりました)
自分がカスタマイズした実験器具にサインを入れて、後輩宇宙飛行士たちに功績をアピールしたくなります。
でも、もちろん、やりません。ISSは公共の場です。誰も彼もが痕跡を残していたら、船内は非常に落ち着かない空間になってしまいます。ちなみに、サインや落書きなどが残っていた場合、後輩宇宙飛行士たちによって容赦なく消されます。落書きを消すという負担を、後輩たちにかけたくはありません。
落書きはNG、サインはOK
なお、「私的」な落書きはNGですが、「公的」なサインならOKです。宇宙飛行士は帰還前にISSのどこか1か所にミッションロゴステッカーを貼り、そのまわりに記念のサインを記すのが慣例となっています。さらに、JAXAの宇宙飛行士は、「きぼう」日本実験棟にもサインができます。これはJAXAの宇宙飛行士限定の特典です。
私はISSに3度滞在しているので、私のサインはISS内に3か所(こちらは英語表記)、「きぼう」に2か所(こちらは漢字表記)、残っています。「きぼう」が3か所ではなく2か所なのは、2005年の初のISS滞在時には、「きぼう」は完成していなかったからです。
ちなみに、ISSに残る歴代の宇宙飛行士たちのサインは「ISS Simulator」というゲームで見ることができます。
「ISS Simulator」は、ISS内の実際の環境をデジタル上に再現したシミュレーションゲームで、制作にはJAXAが協力しています。ユーチューブの「ゲームさんぽ」というチャンネルがこのゲームを取り上げた際、私が解説役を務めました。そのとき、サインも再現されていることを知ったのです。私のサインももちろんありました。「ISS Simulator」はパソコン向けに無料で配信されていますので、興味がある人はやってみてください。


