義両親の在宅介護の様子を嫁の目線で綴った ブログ『13番さんのあな―介護家庭の日常―(現・13番さんのつぼ)』。
ここに書いてきた13年間の記録をもとに今の気持ちを織り交ぜつつ、改めて当時のことを振り返ってみようと思います。
長い間私が義両親の介護を続けてきた理由は、我が家の大黒柱である夫としお氏の仕事に支障をきたせないためでした。
将来私たち夫婦にも老後が必ずやってきます。
義父母の介護費用は彼らの年金収入と蓄えで何とか賄えてきましたが私たちが年を取って同じように対処できるかどうか?
その上、今のままでは生活しづらい家の建て替えも予定していましたので、としお氏には定年までまだまだ頑張ってもらわなければなりません。
しかし、先の見えないW介護はジワジワと私の心身を削り取っていきました。
限界を間近に感じながらも『せめて施設入所など在宅介護を離れる時の判断は実子であるとしお氏(義弟よしお氏も含め)に任せたい』と常々思っていたのです。
としお氏もそれが十分わかっていたのでしょう。
サ高住(サービス付き高齢者向け住宅)へ見学に行くときには既にある程度覚悟を決めていたのかも知れません。

そんな急転直下の決断でしたが、さすがにとしお氏も1人で決めてしまうのが不安だったようで

呼び出された私は大急ぎで現地へ向かいました。

未完成ではありましたが建物の外観はほぼ出来上がっていたそのサ高住。
2部屋ほどモデルルームのようにベッドや家具がしつらえてあり内部を見学させてもらうことが出来ました。
部屋は思っていたより広く、トイレも洗面台も出入り口も全館バリアフリーです。
家では使えない歩行器も使えますし、歩行器が使えなくなっても車いすで移動が可能です。

最近急激に足の運びが悪くなっている義父。
これなら家で暮らすよりずっと安全です。
説明会は盛況で私たちのほかにも何組かの家族が訪れていました。
キャンセル料が生じない契約設定だったせいか、としお氏同様、仮押さえはもう既に何組か出ているとのこと。
例えば食堂から近いか遠いか、稼働音が気になるエレベーターが近いか遠いかなど、立地の良い部屋から順次埋まっておりました。

ちょっぴり田舎のこの界隈。
都市部に比べて同居世帯が多く、そのため当時こういった介護施設の充実度はイマイチでしたが、高齢化の波はこのちょっぴり田舎にもヒタヒタ押し寄せていることを感じます。
頑固なくせに神経質で

少々難儀な性格の義父のことを相談員さんに話すと

と促され、夫としお氏速攻で決断。
残っているうち、一番好条件な部屋を仮押さえするに至ったようです。
施設側の説明をあれこれ聞くものの実際入ってみないと分からないことも多いと思います。
やや見切り発車の感も否めませんが、取り敢えず1歩前に踏み出したといったところでしょう。
義父母を家で留守番させていることもあって長居はできず

30分ほど話を聞いて私たちは施設を後にしました。

さてさてこの1歩。
どんな顛末が待っているのでしょうか?
山田あしゅら
60代主婦。3人の息子は巣立ち、孫が2人いるおばあちゃん。 義父・太郎を平成31年4月(享年90歳)、義母・はな子を令和2年11月(享年95歳)をそれぞれ見送り、現在は夫と二人暮らしをしている。13年間にわたり義父母の介護の奮闘を綴ったAmebaブログ 「13番さんのあなー介護家庭の日常(現・13番さんのつぼ)」をもとに 平成29年7月『毒舌嫁の在宅介護は今日も事件です!』を出版。
※毎日が発見ネットの体験記は、すべて個人の体験に基づいているものです。

