■ため息や無言で「嫌だったかな?」と相手に思わせる心理攻撃を繰り返す。これを「受動的攻撃」という



本作は、日常的に誰しもやっている「受動的攻撃」について描かれている。主人公のアヤは、争いごとが嫌いでいつもニコニコしている穏やかな性格。思ったことは主張せず、常に受け身。ただ気に入らないことがあると、ため息や無言、体調不良を起こす。「漫画にも描いてますが、『受動的攻撃』とはアメリカで生まれた概念で、日本ではまだあまり知られてないかと思います。本もあまりありません。日本人は受動的攻撃をする人が多いと聞きました」と話すのは、作者の水谷緑さんだ。


水谷さんが「受動的攻撃という概念がある」と知ったのは、『こころのナース夜野さん』(小学館)を制作中、専門家にインタビューしたことがきっかけだった。「もともと暴力に関しては興味がありました。自分は近しい人に依存しがちなタイプなので、カウンセリングを受け、その仕組みや生い立ち、対処法を考えるうちに、自分も他者に支配されたり、他者を支配していると自覚して、支配や暴力を身近に感じるようになりました。そんななかで、『こころのナース夜野さん』(小学館)という精神科の漫画を描いたときに、妻や子どもにDVや虐待をした男性の加害者に取材したことがありました。その際、暴力をふるうのは悪いことというのは大前提として、100%加害者に非があるという考えに少し疑問を持ちました。相互の関係があるのではないかと。被害者とされる側にも多少は何かあるケースもあるのでは?と専門家の方に聞いたところ、『受動的攻撃という概念がある』と教えていただき、取材を進めました」



日本人はため息や返事を遅らせることで「不本意である」と意思表示をすることがある。これは日常的に誰でもやっていることだ。「誰でもやりますし、程度や状況によっては一概に悪いわけでもないと思います。無自覚な場合もありますが、暴力や暴言を使わずに相手をコントロールするのに有効な手段だとどこかでわかっているので、意識的にもやっています。ただ『攻撃』だとは思っていないです」。アヤも静かに受動的攻撃を繰り返す。




ある日、仕事で帰宅が遅くなったアヤは夫が帰宅するまでに夕飯を作れなかった。夫は「事務でしょ?」「仕事が遅いんじゃない?」と失笑。争いごとが嫌いなアヤは、「ごめんね、力不足で…」と小さく笑った。静かな仕返しは、翌日の発熱。冷蔵庫にはたくさんの常備菜が作られていた。夫はそれを見て、「こんなに頑張っていたんだ…」と、罪悪感が刺激される。






本作では、「たとえば、友人と食事するときに受動的攻撃をするとしたら、友人にどんな言動をとるか、などを心理士さんに聞きながら、会社、家庭での日常シーンでの受動的攻撃の言動を考えました。また、友人知人にも、受動的攻撃をしてる人が周りにいないか聞いて、エピソードを集めていきました。そして、極端に受動的攻撃をする人を主人公にして、そのような人は、人生の局面でどのような選択をし、言動を取るか、流れを考えていきました。『こういう人いるよね』と身近に思ってもらえるように日常エピソードのリアルさにはこだわりました」と話すように、日常的に誰でもやってしまう行動が作品に投影されている。
取材協力:水谷緑(@mizutanimidori)
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