「神奈川県医師会は、神奈川の医療を守る”最後の医局”です」。2024年6月に就任した鈴木紳一郎会長は、医師会の役割をこう表現します。「医局」とは、通常は大学病院で医師の教育や配置を担う組織のこと。しかし鈴木会長は、出身大学や専門分野の垣根を越えて、すべての医師が集まる医師会こそが「最後の砦」として地域医療を支える存在だと語ります。
県内病院の約8割が赤字、働き方改革による救急体制への影響など、地域医療は深刻な危機に直面しています。コロナ禍で生まれた「神奈川モデル」の成功体験を胸に、920万県民の健康を守るため奔走する鈴木会長に、医療現場の実情と打開策を聞きました。
すべての医師を結集させる「最後の医局」とは
「神奈川県医師会は、神奈川の医療を守る”最後の医局”だと考えています」
鈴木会長はこう語ります。医局というと、一般的には大学病院で医師の教育や人事、研究を管理する組織を指します。各大学の医局は、所属する医師を関連病院に派遣したり、専門医の育成をおこなったりする重要な役割を担っています。
しかし、鈴木会長の考える医師会の役割は、その医局の枠を越えた存在だといいます。
「いろんな医局出身の先生方が、いろんな地域から集まってきます。東京から来る方もいれば、地方から来る方もいる。診療科も出身大学も関係なく、最終的に神奈川の医療を守る旗振り役となる。それが神奈川県医師会の存在意義です」
つまり、大学の医局という縦割りの組織を超えて、地域で働くすべての医師を横断的に結びつける「最後の砦」として機能しているのが医師会なのです。
鈴木会長は、地域での医師同士のつながりの重要性を強調します。
「郡市医師会の中では、最初はライバルだったとしても、だんだん生活の中でつながりができてきます。子ども同士が仲良くなったり、同じ専門分野で協力したりですね。楽しいことも一緒にやるのはその人たちになる。葬式に来てくれるのも、その地域の医師仲間なのです」
神奈川県医師会は現在、約9800人の会員を擁しています。全国で4番目の規模ですが、神奈川県は全国で2番目の人口を持つ県であることを考えると、本来はもっと多くの会員がいてもおかしくないと鈴木会長は指摘しています。
コロナ禍で生まれた「神奈川モデル」の意義
新型コロナウイルス感染症の拡大は、医療現場に大きな変化をもたらしました。鈴木会長は、特にかかりつけ医の立場から見た課題を振り返ります。
「コロナの初期、最も辛かったのは、自分が主治医の患者さんがコロナになっても診られなかったことです。『コロナになりました』と連絡が来ても、自分のところに来させられなくて、ショートメールやLINEで管理しながら、県や保健所、ホテルに預けるしかなかった」
この状況を打開したのが、神奈川県の阿南英明医療危機対策統括官と共に作り上げた「神奈川モデル」でした。
「これは24時間在宅支援の仕組みで、初めてかかりつけ医がコロナ診療に参加できるようになったのです。訪問看護、酸素供給、場合によっては薬の処方まで、かかりつけ医が基本的に診るようなシステムを作りました」
藤沢市で最も早く始まったこのモデルは、その後県内に広がり、かかりつけ医がコロナ診療に参加できるターニングポイントとなりました。
さらに、コロナ対応は行政との関係にも変化をもたらしました。
「コロナをきっかけに、行政と協働するようになりました。県庁とも知事とも、病院協会とも、郡市医師会も市長さんとも、みんな仲良くなった。『誰も一人も取り残さない』という共通の目的のもと、みんなで一緒に動いたことが一番大事だったと思います」

