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山之内すず、母の交際相手と同居していた複雑な幼少期を明かす「自分の本心を口にしちゃいけないと思っていた」<Re:MAKE>

山之内すず、母の交際相手と同居していた複雑な幼少期を明かす「自分の本心を口にしちゃいけないと思っていた」<Re:MAKE>

 山之内すず
山之内すず / (C)AbemaTV,Inc.

『ABEMAエンタメ』の独自企画「Re:MAKE 〜拝啓、あの頃の君へ〜」にタレント・山之内すずが出演。これまであまり語られてこなかった家庭環境や学生時代の実情を、初告白した。

■「友だちにおかずを1品ずつもらう」複雑な家庭環境と友人に支えられた学生時代

物心がつく頃には両親が離婚し、母と兄、祖母とともに暮らしていた山之内。その後、母の交際相手と同居するようになり、「自分の本心を口にしちゃいけない」と感じるなど、「子どもなりにいろいろと抑制された環境だったなと思う」と振り返った。

小学生の頃は「周りからの見られ方というか、『どういう風にいてほしいか』を敏感に感じてしまう子どもだった」「明るい子でいなきゃいけない」と自分を抑え込み、家に帰る前にマンションの下で音楽を聴きながら涙を流し、「よし、頑張ろう」と気持ちを切り替えていた日々を振り返った。

中学生になると母と2人暮らしとなり、生活はさらに厳しいものに。「私に使ってもらえるお金はないと自覚していた」といい、昼食はコンビニのおにぎりを持参し、「いろいろな友だちにおかずを1品ずつもらう」「友だちのお母さんが気を遣って、『これすずちゃんの分ね』って私の分を多めに作ってくれたりした」と中学時代を振り返った。「50円ずつもらってうどんを食べていた」と明かすなど、“ご飯を食べるお金がない”状況の中で周囲に支えられていた学生時代を語った。
(C)AbemaTV,Inc.


■「なんでこんな思いせなあかんねん」15歳で抱いた絶望と諦め

家庭環境や金銭的な不安を抱え続ける中、15歳の時に初めて感情が爆発したといいます。「なんでこんな思いせなあかんねん」という想いがあふれ、「私の人生はこういうもんやからっていう諦めが早いうちについてしまった」と振り返った。

また、「自分の力でどうにかできるものではないというのも理解していた」とも語り、「生きていればいいことあるよ」という言葉に対しても、「いいことがあったから言える言葉」と感じていたといい「どうしようもない人生が確定している人間だっていると、15歳の段階で諦めていた部分はありました」と、当時のリアルな心境を明かした。

■「自分の人生を生きていい」恩師の言葉が変えた人生観

さらに高校に進学すると、アルバイトを掛け持ちしながら日々の生活費を工面。「ご飯を食べるお金がない」状況の中で、「友だちに学食をカンパしてもらったり」「50円ずつもらってうどんを食べていた」と振り返るなど、日々をやり過ごすことで精一杯だった当時の実情を明かした。

そんな山之内の転機となったのが、高校時代に出会った養護教諭の存在だった。保健室で初めて自身の思いを打ち明けた際、「あなたの人生はあなたのものだからね。あなたの人生を生きていいんだよ」と声をかけられたという。

「頑張れ」でも「しっかりしてるね」でもなく、“自分の人生の軸は自分でいい”と認めてもらえたことで、「自分のことを心配して、私自身の人生を見てくれている大人がいる」と感じ、大きく救われたと振り返った。

その後、17歳で上京し芸能の道へ進んだ山之内。「求められる自分」と「本来の自分」とのギャップに葛藤しながらも、現在は「今は本当に、自分自身の人生を生きていると胸を張って言えます」と語る。

ダンボール2つで上京し、床で寝る生活から始まった東京での日々。芸能界で“ティーンのカリスマ”と呼ばれる一方で、「求められる自分で頑張らないと…」と葛藤し続けた17歳。そして、支えてくれる存在との出会いを経て、「今が一番自分勝手」と語る現在に至るまで、一体どんな道を歩んできたのかを明かす。
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