氷を食べるとお口の中がひんやりして気分がすっきりする、そんな感覚を好む方は少なくありません。夏の暑い時期や運動の後などに氷をお口にするのは自然な行動です。しかし、氷を強く求める気持ちが長期間続き、冷凍庫に氷がないと不安になる、飲み物より氷そのものを探してしまうといった行動が習慣化している場合は、氷食症という病気が背景にある可能性があります。
この記事では、氷食症の原因や発症しやすい方の特徴、氷を食べたくなる仕組み、治療の流れや日常生活での工夫について解説します。

監修医師:
林 良典(医師)
消化器内科
呼吸器内科
皮膚科
整形外科
眼科
循環器内科
脳神経内科
眼科(角膜外来)
氷食症の原因となりやすい人の特徴

氷食症の原因となる病名を教えてください
氷食症の背景でよくみられるのは鉄欠乏性貧血です。鉄不足の原因としては、胃潰瘍や十二指腸潰瘍、大腸ポリープやがんなど消化管からの出血、女性では過多月経や子宮筋腫などの婦人科疾患があげられます。
鉄欠乏性貧血や鉄欠乏症の患者さんは全員氷食症になりますか?
鉄欠乏性貧血があっても、すべての方に氷食症が出るわけではありません。鉄欠乏性貧血の方のうち、約20〜70%に氷食症がみられると報告されています。氷を欲するかどうかは、神経や味覚の感受性、心理的な要因、生活習慣などが関与していると考えられます。つまり、氷食症は鉄欠乏のサインのひとつですが、症状がなくても鉄不足が隠れている可能性はあるため、氷を食べないからといって鉄が十分に足りていると判断できるわけではありません。
参照:『氷食症に関する文献的考察』(廣瀬 知二、北医療大デンタルトピックス, 2016, 47 号, p. 1-5)
原因となる病気がないのに氷食症を発症することはありますか?
氷食症は鉄欠乏と関係が深いものの、必ずしも身体的な病気があるとは限りません。心理的なストレスや不安を抱えている方が、その解消の手段として氷をかむようになることがあります。冷たさや硬さの刺激は気分を切り替える作用があり、習慣として続いてしまうのです。
また、摂食障害や強迫性障害など心の病気の一部として氷をかむ行動がみられる場合もあります。この場合は氷をかまないと落ち着かないといった強いこだわりが背景にあります。氷を食べる欲求が生活に支障をきたすほど強い場合には、鉄不足だけでなく心理的な問題も考える必要があります。
氷食症を発症しやすい人の特徴を教えてください
氷食症は鉄が不足しやすい状況や体質をもつ方にしばしばみられます。成長期の子どもや思春期の女性は、発育や月経によって鉄の必要量が増えやすく、鉄欠乏に陥りやすいです。妊娠中や授乳期の女性も胎児や母乳のために鉄を多く消費するため、氷食症につながることがあります。
さらに、胃や腸の手術を受けた方や、慢性的に胃腸の調子が悪い方は鉄の吸収がうまくいかず、不足に陥りやすいです。食事制限や偏食のある方も栄養が偏り、鉄不足を招きやすいです。加えて、慢性的な疲労感や体調不良、強いストレスを抱える方も、身体的・心理的な要因が重なって氷食症をきたすことがあります。
氷食症で氷を食べたくなるメカニズム

氷を食べたくてたまらなくなる理由を教えてください
氷を強く欲する背景には、鉄欠乏が深く関わっていると考えられています。鉄は脳や神経の働きを維持するために欠かせない栄養素で、不足すると頭が重く感じたり、集中力が続かなかったりといった不調が出やすくなります。こうした不快な感覚を和らげる手段のひとつが氷をかむことです。冷たさや硬い噛み応えの刺激が脳を活性化させ、気分がすっきりするため、無意識のうちに氷を求めるようになるのです。
どうして氷を食べているときは安心できるのですか?
氷をかんだときの冷たさや硬さの感覚は、頭をすっきりさせるだけでなく、緊張や不安をやわらげる効果があります。この安心感を何度も経験すると、脳は氷をかむことを落ち着ける行動として覚え、習慣になっていきます。そのため氷を食べることがストレスの解消方法になっていくこともありますが、得られる効果は一時的であり、根本的な解決にはつながらないため、背景にある原因を解決することが欠かせません。
氷を食べると仕事や勉強に集中できる理由を教えてください
氷をかむとお口のなかに冷たい刺激が加わり、交感神経が働いて眠気が抑えられます。さらに、一定のリズムでかむ動作や歯ごたえの感覚が脳を刺激し、頭が冴えて集中しやすい状態をつくります。研究でも、鉄欠乏性貧血の方が氷をかんだときに反応速度や集中力が改善することが示されており、この効果が勉強や仕事に取り組みやすくする要因になっていると考えられています。
参照:『Pagophagia improves neuropsychological processing speed in iron-deficiency anemia』(Hunt MG et al., Med Hypotheses, 2014, 83 巻, 4 号, p. 473-476)

