発症後の対応はまさに時間との勝負です。眼球マッサージや前房穿刺(ぜんぼうせんし)、酸素吸入といった緊急処置の内容と、その限界についても正直にお伝えします。また、原因となった全身疾患の特定と治療がなぜ必要なのか、循環器内科や脳神経内科など複数の専門科と連携した再発予防の重要性についても、あわせて解説します。

監修医師:
柳 靖雄(医師)
東京大学医学部卒業。その後、東京大学大学院修了、東京大学医学部眼科学教室講師、デューク・シンガポール国立大学医学部准教授、旭川医科大学眼科学教室教授を務める。現在は横浜市立大学視覚再生外科学教室客員教授、東京都葛飾区に位置する「お花茶屋眼科」院長、「DeepEyeVision株式会社」取締役。医学博士、日本眼科学会専門医。
網膜中心動脈閉塞症の治療と緊急対応
発症後の対応は、まさに時間との勝負です。治療の最大の目標は、可能な限り早期に閉塞した動脈の血流を再開させ、網膜の虚血時間を短縮することです。しかし、現時点では残念ながら、誰にでも有効な確立された「特効薬」は存在せず、治療の選択肢とその限界についても正確に理解しておくことが大切です。
緊急処置と保存的治療
発症直後(可能であれば数時間以内)の超急性期に行われる緊急処置として、いくつかの方法が試みられます。例えば、眼球マッサージ(眼圧を急激に変動させて塞栓子を末梢へ移動させることを目的とする)、前房穿刺(ぜんぼうせんし:眼内の房水を少量抜いて急激に眼圧を下げ、血管を拡張させて血流改善を試みる処置)、高濃度酸素や混合ガス(炭酸ガスと酸素)の吸入(網膜動脈の拡張を促す目的)などです。また、血管拡張薬や血液をサラサラにする薬の点滴・内服も行われます。近年では、脳梗塞の治療と同様に、血栓を溶かす薬(t-PA)を直接動脈内に注入する「超選択的動脈内血栓溶解療法」が一部の専門施設で試みられていますが、現時点で日本国内では保険適用外であり、一部の専門的な研究施設でのみ行われている治療です。効果やリスクについてはまだ議論があり、標準治療とはなっていません。
これらの治療の有効性は限定的であり、何よりも発症から治療開始までの時間に大きく左右されるため、症状を自覚した時点で一刻も早く救急対応可能な眼科を受診することが最も重要です。
全身治療と再発予防
急性期の眼科的処置と並行して、原因となった全身疾患の特定と治療が不可欠です。これは、失われた視力を取り戻すためだけでなく、反対の眼や、より重要な脳・心臓での再発を防ぐために行われます。心臓由来の塞栓が原因と判断された場合は、循環器内科で抗凝固療法(ワーファリンやDOACなど、血栓を強力に作りにくくする薬)が開始されます。頸動脈の動脈硬化が原因の場合は、脳神経外科や内科で血圧管理・脂質管理に加え、抗血小板療法(アスピリンなど)が行われ、狭窄が高度な場合は手術(内膜剥離術)やステント治療が検討されます。再発予防は生涯にわたる長期的な取り組みであり、発症後も定期的に眼科・内科・循環器内科・脳神経内科など、複数の専門医と連携した包括的な管理が必要になります。
まとめ
網膜中心動脈閉塞症は、痛みのない突然の視力低下という症状の特性上、その危険性が見過ごされやすい、非常に恐ろしい眼疾患です。しかし、その本質が「眼の梗塞」であり、脳梗塞と密接に関連していることを理解すれば、取るべき行動は明確になります。早期に適切な対応を取ることで、視機能を守れる可能性がわずかながら高まり、さらに重要な全身の血管疾患の予防にも繋がります。突然の片眼の視力低下、一時的な視野の暗さを経験した方、そして全身の血管リスクを抱えている方は、日ごろからご自身の目の変化に敏感でいることが何よりも大切です。「おかしいな」と感じたら、痛みがなくても、症状が軽くても、決して自己判断せず、直ちに眼科を受診することを強く推奨します。視力は一度失われると取り戻すことが極めて難しいからこそ、早期発見と専門医による迅速な診察が、あなたの未来の「見える」を守る唯一の道です。
参考文献
日本眼科学会「網膜中心動脈閉塞症」
日本眼科学会「網膜中心静脈閉塞症」
厚生労働省「脳卒中、心臓病その他の循環器病に係る診療提供体制の在り方に関する検討会」
日本脳卒中学会「脳卒中治療ガイドライン2021(改訂2025)」
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