長い育児休業を終え、来月からの職場復帰を控えた麻衣の心は、喜びよりも重い不安に支配されていた。慣れない子育てで視野が狭くなっている自覚はあったが、ふとした瞬間に見てしまうSNSの投稿が、彼女の心を深く抉っていた。そこで目にした、ある心ない言葉――「子持ち様」。それは、復帰への意欲を根こそぎ奪い去る、鋭利な刃物のように麻衣の胸に突き刺さった。
復職へのカウントダウン…保育園の洗礼と、誰かの「内心の舌打ち」への恐怖
麻衣はリビングのソファに深く沈み込み、スマートフォンを握りしめた。画面には、職場の不満を綴るアカウントの投稿が並んでいる。「また子持ちが休んだ。残業確定」「子持ち様は得だよな、すぐに帰れて」。心臓がズキリと痛む。来月から、自分も「子持ち様」の一人として、職場に戻るのだ。
独身だった頃の麻衣は、子持ちの同僚に対してネガティブな感情を抱いたことは一度もなかった。むしろ、「大変そうだな」「子どもの体調不良は仕方ないこと」と心から思っていた。いつもバタバタと早退していく先輩を見て、申し訳なさそうにしている姿に、むしろ心を痛めていた。
だが、SNSの世界は違った。そこでは、子育てをしながら働くことは「特権」のように扱われ、その恩恵を受ける者は「様」付けで皮肉られる。
「私も、そんな風に思われるのかな……」
画面の向こうの「冷たい社会」と、視野が狭まる孤独な闘い
SNSにショックを受けた麻衣は、吐き気がするほど「復帰したくない…」と思うようになった。
子どもを生み、日々懸命に育てている身なのに、なぜこんなにも肩身が狭いのだろう。保育園に入れた途端、最初の数ヶ月は驚くほど休むことになるのは目に見えている。そのたびに、誰かに皺寄せがいき、その皺寄せを受けた人が、心の中で自分を「子持ち様」と罵るのかもしれない。
復職後、もし自分が早退するたびに、誰かが内心で舌打ちをしているとしたら?想像するだけで胸が苦しくなる。SNSの投稿は、社会全体が子持ちに冷たいという現実を、声高に叫んでいるように感じられた。
とはいえ、夫の給料だけでは生活に余裕がない。自分が働かなければ、子どもたちに我慢をさせてしまう。そんな経済的な現実と、心の不安が綱引きをしていた。復帰へのカウントダウンが進むたび、麻衣は孤独感に苛まれ、自分の視野が狭まっていることを自覚しながらも、その負の連鎖から抜け出せなかった―――。

