サントリー美術館「幕末土佐の天才絵師 絵金」血と芝居と夏祭り─土佐が生んだ異彩の絵師「絵金」の世界へ

“祭りの美術”としての絵金

絵金の芝居絵が他に類を見ないのは、それが人々の生活に根ざしていたからです。たとえば「大雨が降れば、屏風より先に提灯を片付けた」という逸話があるように、それは単なる飾りではなく、祭りそのものの一部だったのです。

04_●やぐら(夜)実物大で再現された、八王子宮の絵馬台が登場

高知では現在も、各地の神社の夏祭りで絵金やその門弟(=絵金派)による芝居絵屏風が飾られます。本展では、そうした祭礼風景を再現するため、絵馬台(絵馬を掲げる台)や絵馬提灯も展示されています。中でも、香美市の八王子宮で実際に用いられている「手長足長絵馬台」を実物大で再現したインスタレーションは圧巻です。

会場内の照明は、時間とともに昼・夕方・夜と移り変わる演出が施されており、まるで夏祭りの空気に包まれているような没入体験が味わえます。

05_●やぐら高知の夏を伝える、朝倉神社の絵馬台も再現

高知市朝倉の朝倉神社で夏祭りに組まれる、山門型の絵馬台も再現されています。屏風絵が高所に掲げられ、見上げる視線とともに絵の迫力が増す構造は、まさに“見世物”としての芝居絵の本質を感じさせてくれます。

展示のハイライトの一つが、浄瑠璃《釜淵双級巴(かまがぶちふたつどもえ)》を描いた絵馬提灯です。大盗賊・石川五右衛門の壮絶な最期、釜茹でにされる名場面が、和紙に描かれ、蝋燭の灯に揺れることで幻想的な世界を生み出します。

06_●提灯のようす2《釜淵双級巴》の絵馬提灯が会場にずらり

絵馬提灯は祭りのあとに燃やされる消耗品のため、現存数は極めて少なく、今回の展示は非常に貴重な機会となります。

07_●提灯名場面「釜茹で」も登場、絵馬提灯《釜淵双級巴》

絵師の祈り─災害、節句、そして後進たち

絵金の表現は芝居絵にとどまりません。安政元年(1854)の南海地震による被害を描いた《土佐震災図絵》では、倒壊した町並みや避難する人々の姿など、被災直後のリアルな情景が克明に描かれています。悲劇を真正面から描いたこの作品は、絵金が“記録者”としても優れたまなざしを持っていたことを物語っています。

08_●土佐震災図南海地震の惨状を描いた《土佐震災図絵》一帖 佐川町教育委員会【場面替えあり】

また、数百人に及ぶ門弟の育成にも力を注ぎ、後に名を成す絵師も輩出しました。なかでも注目は、河田小龍(かわだしょうりゅう)。ジョン万次郎の漂流記『漂巽紀略』を記録した知識人で、坂本龍馬とも交流がありました。また、本名が金蔵であったため「野市絵金」と呼ばれた野口左巌も、師の様式を受け継ぎました。

09_●仲間たち 最終章には河田小龍の代表作も展示 右手前:義経千本桜 加賀見山旧錦絵 河田小龍 一張 安政4年(1857) 高知県立歴史民俗資料館 【展示期間:9/10~10/6】

配信元: イロハニアート

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