“天才ブレンダー”は偶然から誕生した!?
小竹:今日は弊社・クックパッドのウイスキー好きのスタッフ・tasoもご一緒させていただいています。
taso:レシピ事業部でエンジニアをやっているtasoと申します。普段からウイスキー好きを公言していたおかげでこういう場に呼んでいただき、すごくうれしいです。よろしくお願いします。
鬼頭さん(以下、敬称略):よろしくお願いします。普段のアピールは大事ですね。
小竹:では、鬼頭さんのプロフィールをご紹介します。1964年、名古屋のご出身。大学院修了後、32年間、キリンビールでウイスキーのブレンド及び原酒開発を中心に、リキュール、スピリッツ、焼酎、ワインなど数々のヒット商品を開発。2022年、キリン時代の同僚3人、自称「おじさん3人組」で長崎県五島列島の福江島に移住されました。クラフトジン専用の五島つばき蒸溜所を北部の集落・半泊に立ち上げ、風景のアロマを表現したジン「ゴトジン」を製造販売。鬼頭さんはジンのレシピ開発から、その他製造全般を行っています。
鬼頭:ありがとうございます。
小竹:自称「おじさん3人組」は、どなたが考えたのですか?
鬼頭:私たちはそれを売りにするつもりは全くなかったのですが、メディアの方が取材の際に、「おじさん3人というのが面白い」と取り上げてくださって、自然にそうなっていった感じです。定年に近い年齢のおじさんが今までの経験を生かしながら新しいことを始めるのは、今の時代にも合っている気がしますね。
小竹:ディスティラーとブレンダーについて教えてください。
鬼頭:ディスティラーとブレンダーは全く違う仕事というか、ブレンダーの中にディスティラーも含まれるところがあって、ブレンダーはウイスキーの総合プロデューサーみたいな感じです。味や香りを作るためにどういう原酒がどれだけ必要なのかを計算して、長期的な製造計画を立てたり、味や香りを保つために管理したりなど、いろいろな役割が含まれています。
小竹:うんうん。
鬼頭:新しい香味やより良い香味を作るためには蒸溜もすごく重要なので、蒸留にも関わるという意味ではディスティラーでもある。なので、ディスティラーはブレンダーの仕事の中の一部みたいな感じです。
小竹:キリンにお勤めのときはブレンダーだったそうですが、どういう経緯でブレンダーになられたのですか?
鬼頭:偶然なんです。子どもの頃から香りや味には興味があって、何の香りでも気になって何でも味が気になる、いわばフェチみたいな感じでした。あと、大学の研究室では発酵や微生物を扱っていて、お酒も作っていましたし、実際に飲むのも香りを嗅ぐのもすごく好きでしたので、自然とお酒には学生時代からかなり深く関わっていたんです。
小竹:そうなのですね。
鬼頭:そんなときにたまたまキリンのOBに人材を募集していると言われて、普段からお酒も飲めるしいいかなって(笑)。一応ちゃんと試験も受けたのですが、おかしな試験だったんです。
小竹:どういうことですか?
鬼頭:いろいろなお酒が出てきて、このお酒と同じものをマッチングしなさいとか、四原味の薄い水が出てきて、どれが甘くてどれがしょっぱいかを当てなさいとか、ウイスキー特有のピート香というスモーキーフレーバーがあるのですが、それを強い順に5つ並べなさいとか。いきなりそれが試験でした。
小竹:経験はないですよね?
鬼頭:ないです。ただ、結果として一応できて、会社に入ってみたら、「ブレンダーを探していたんだ」って言われて(笑)。だから、入ったときからブレンダーのチームに配属していました。たまたま味や香りが好きで、うまいこと引っかかって入れたという形で、偶然がつながったような感じですね。
小竹:そもそもの体の作りなどが違うのですかね?
鬼頭:一緒ですよ。人の鼻や舌のセンサーは、たぶん個人差はあまりない。鼻や舌からの神経の刺激は電流です。香りや味が好きなら、脳が何なのかを一生懸命考えて解析して覚えようとする。そういう思考回路があるかないかだけの違いなんです。香りと味に興味を持って、いつも嗅いだり味を見たりする癖をつければ、誰でも経験が積み重なって表現や識別ができるようになっていくと思います。
小竹:五島つばき蒸溜所の代表の門田クニヒコさんは鬼頭さんのことを“天才ブレンダー”とおっしゃっていますが、ブレンダーとして自分のどんなところが優れていると思いますか?
鬼頭:自分で言うのはおこがましいですが、どういう香りや味の要素でできているのかということをいつも考えています。そうすると、こういうものを作りたいというときに、どういうものを組み合わせていけばいいのかというのが逆算できるんです。
小竹:なるほど。
鬼頭:あと、飲んだり食べたりした方においしいと感じていただくとか、商品コンセプトをしっかり感じていただくこともとても重要なので、そういうことを客観的に考えられるのが大きいかなと思います。
小竹:そこにいくにはたくさんの香りの経験が必要なのですか?
鬼頭:絶対に必要です。蓄積が重要だと思いますね。毎日ご飯を食べるときに感じているだけでも積み重ねになる。経験はAIと一緒でディープラーニングです。たくさん記憶の中に入れていくとだんだんまとまりができていく。食べ物や香りはそういうことが多いですね。
“いいウイスキー”の条件とは…
小竹:鬼頭さんが考える“いいウイスキー”とは?
鬼頭:一言で言うと、飲んで気持ちいいウイスキー。それに尽きるのですが、ただ、嗜好性がすごく高い飲み物ですし、人によって好みは千差万別なので、そこが難しいところです。個性がないと存在価値がないので、「個性があって調和していて飲み飽きない」というのが私の考える一番いいウイスキーですね。
小竹:「個性的」というのは、誰かにとっての個性的みたいに考えながら作るのですか?
鬼頭:ウイスキーは嗜好度が高いので、誰かというより自分たち発信なんです。「特に小規模蒸留所のブレンダーは俺たちのウイスキーはこういうウイスキーだ」というところからみなさん作っている。なので、多くのウイスキーメーカーは、誰かのためとはほぼほぼ考えていないと思います。マスを狙うというより、これを好きになってくれる方がお客さんみたいな考え方です。
小竹:日本のウイスキーは、世界からはどのように見られているのですか?
鬼頭:大きく見ると、日本のウイスキーは高品質でおいしいと見られています。ただ、その要因や流れを作ったのは、日本に昔からある大手メーカーです。そういう流れを見ながら、クラフトのウイスキー蒸留所がいっぱい立ち上がってきたので、全ての小規模なクラフト蒸溜所がおいしいジャパニーズウイスキーを作っていると見られているとは限らないですね。
小竹:世界で見たときに、ウイスキーの作り方やカルチャーなどはエリアによって違うのですか?
鬼頭:地域によってかなり違います。もともとウイスキーが産業として大きく根付いているのは、発祥のスコットランドとアイルランド、アメリカやカナダ、新大陸と日本という感じで、ほかのところはそんなに根付いていなかった。いわゆる5大ウイスキーと言われているのですが、そこが中心でしたね。
小竹:はいはい。
鬼頭:とはいえ、世界的に飲まれているウイスキーは、やはりスコッチウイスキーが中心。日本のウイスキーはスコッチウイスキーを踏襲して作っているので、スコッチウイスキーのような香味です。世界の方々は、日本のウイスキーはスコッチを元にしているけど、より品質が良くてより香味が良いというような評価ですね。

