遠くの景色も、手元の文字も、1枚のレンズでくっきり見える「多焦点眼内レンズ」。老眼鏡や遠近両用に代わる新しい選択肢として注目されています。今回は、その独自の仕組みと、どんな人に向いているのか、使用にあたっての注意点などを「みたに眼科クリニック」の三谷先生にお聞きしました。

監修医師:
三谷 貴一郎(みたに眼科クリニック)
愛知医科大学卒業。その後、焼津市立総合病院、山梨県立中央病院、石井病院、市立甲府病院などで眼科医として経験を積む。2002年、神奈川県海老名市に「みたに眼科クリニック」を開院。日本眼科学会専門医。
多焦点眼内レンズとは?
編集部
まず、多焦点眼内レンズについて教えてください。
三谷先生
多焦点眼内レンズとは、白内障手術で使用するレンズの一種です。白内障で濁った水晶体を取り除き、その代わりに人工の眼内レンズを挿入する際に使用します。もともとは、近方と遠方の2焦点をつないで、どちらにも焦点を合わせられるレンズとして登場しました。ただ近年は、それでは中間距離のものが見づらいという人が多かったので、3焦点レンズも登場しています。また、まだ日本では承認を得られていませんが、海外では5焦点レンズもあります。
編集部
単焦点眼内レンズとの違いはなんですか?
三谷先生
単焦点眼内レンズは、遠くか近くのどちらか一方に焦点を合わせます。その一方、多焦点眼内レンズは遠くと近くの両方にピントを合わせることができるレンズです。多焦点眼内レンズは主に白内障手術の際に用いられます。
編集部
眼内レンズは、単焦点か多焦点か選ぶことができるのでしょうか?
三谷先生
はい。単焦点眼内レンズは、焦点が1カ所にしか合わないため、遠くにピントを合わせると手元のスマートフォンや細かい文字を見るときに老眼鏡が必要になります。反対に、手元にピントを合わせると、遠くを見るときにはメガネが必要です。一方、多焦点眼内レンズは、手元から遠くまで幅広くピントが合いやすく、ほぼメガネなしで日常生活が可能です。そのため単焦点眼内レンズと比べて、生活の質(QOL)を高めたい人に選ばれる傾向があります。
編集部
多焦点眼内レンズを入れるとメガネが不要になるのはいいですね。
三谷先生
多くの人がメガネを使わずに日常生活を過ごせるようになりますが、完全にメガネが不要になるわけではありません。例えば、楽器を演奏する人の場合、譜面台の距離は「中距離から近距離の中間」にあたり、この距離が見にくい場合は、多焦点眼内レンズを使用していても、譜面台に合わせた専用のメガネが必要になることがあります。「日常生活ではほとんどメガネなしで過ごせますが、特定の作業や趣味のときだけ専用のメガネを使うことがある」というイメージです。
多焦点眼内レンズの仕組み
編集部
多焦点眼内レンズは、どのようにピントを合わせているのでしょうか?
三谷先生
多焦点眼内レンズはレンズの表面構造を工夫し、2カ所あるいは3カ所の焦点にわたって分散させることで、それぞれの距離に応じてスムーズな見え方を実現しています。
編集部
見え方で困ることはありますか?
三谷先生
夜間の光ににじみ(ハロー)やまぶしさ(グレア)を感じる可能性はあります。こうした現象は単焦点眼内レンズでも起こりますが、一般に多焦点眼内レンズの方が頻度は高く、程度も大きいとされています。
編集部
ハローやグレアは日常で支障となることがありますか?
三谷先生
初期のものと比べて最新の多焦点眼内レンズでは、ハローやグレアが大幅に改善されています。手術直後は光のにじみを強く感じることはあるものの、脳がその見え方に少しずつ順応するため、早い人で2~3週間もすれば次第に気にならなくなってきます。
編集部
そのうち、その見え方に馴染んでくるのですね。
三谷先生
ただし、ハローやグレアの感じ方には個人差があります。性格や神経質さ、夜間運転の頻度なども影響するため、同じ基準では比較することができません。そのためにも、多焦点眼内レンズ手術の経験が豊富で、患者さんの反応をよく聞いている医師に相談することが大切です。
編集部
乱視にも対応していますか?
三谷先生
最近では、乱視矯正機能を持った多焦点眼内レンズも登場しています。これにより、もともと乱視がある人でも、よりクリアな視界を得ることが可能になります。

