【京都八幡】松花堂弁当のルーツを辿る「加賀藩の美術工芸と松花堂昭乗 茶の湯、懐石、もてなしのこころ」10月11日より開催

松花堂昭乗

「松花堂弁当」の名の由来となった松花堂昭乗とは

松花堂昭乗松花堂昭乗自画像写 細合半斎(松花堂美術館蔵)

松花堂昭乗7松花堂好四つ切塗箱(松花堂美術館蔵)

「松花堂弁当」という名前を聞いたことがある方は多いのではないでしょうか。しかし、その名の由来となった松花堂昭乗(1584~1639)という人物については、意外と知られていないかもしれません。

昭乗は江戸時代初期、石清水八幡宮の僧として活躍した文化人です。書画をよくし、茶の湯に通じ、多彩な人々と交流した彼は、まさに芸術的センスに恵まれた人物でした。戦乱の世から和平に向かう17世紀という時代の中で、昭乗は京都の文化の担い手として重要な役割を果たしました。

「松花堂弁当」が実際に誕生したのは昭和時代に入ってからですが、その背景には昭乗の美意識と、彼が生きた時代のもてなし文化が大きく関わっています。

◆松花堂昭乗 プロフィール

松花堂昭乗(1584~1639)は、江戸時代初期に石清水八幡宮の僧として活躍した文化人。書画に優れ、茶の湯に通じ、当代一流の文化人たちと幅広く交流した。その美意識は後世に大きな影響を与え、昭和時代に誕生した「松花堂弁当」の名の由来ともなっている。戦乱から平和へと向かう時代の中で、京都の文化を担った重要な人物の一人である。

京都と加賀、二つの文化圏が織りなす美の世界

松花堂昭乗2左から:沈金獅子文膳 前大峰、松花堂筒角釜、竹茶杓 銘八幡山 松花堂昭乗作、堆朱布袋図香合 村上九朗作               すべて石川県立美術館蔵

江戸時代が始まる頃、加賀藩は京都の文化を受容しながら、独自の文化芸術を育んだ一大文化圏でした。本展では石川県立美術館所蔵の貴重な美術工芸品が多数出品され、京都八幡と石川のゆかりが紹介されます。

展示作品には、前大峰作の沈金獅子文膳、松花堂昭乗作の竹茶杓 銘八幡山、村上九朗作の堆朱布袋図香合など、茶の湯にまつわる芸術作品が並びます。また、松花堂美術館所蔵の東山遊楽図屏風など、当時の文化を伝える貴重な作品も展示されます。

茶会などの飲食の場は、良好な人間関係を築く上で重要な役割を果たしました。昭乗の時代に盛行した茶の湯から懐石料理が生まれ、器の展開とあいまって美意識やもてなしのこころが醸成されていく様子を、本展を通じて感じ取ることができるでしょう。

配信元: イロハニアート

提供元

プロフィール画像

イロハニアート

最近よく耳にするアート。「興味はあるけれど、難しそう」と何となく敬遠していませんか?イロハニアートは、アートをもっと自由に、たくさんの人に楽しんでもらいたいという想いから生まれたメディアです。現代アートから古美術まで、アートのイロハが分かる、そんなメディアを目指して日々コンテンツを更新しています。