
J1・セレッソ大阪などで活躍した元サッカー日本代表の柿谷曜一朗氏が、かつてクラブを追い出されてしまったほろ苦い過去を振り返っている。
5月23日放送の「しくじり先生 俺みたいになるな!!」(テレビ朝日系)に出演した柿谷氏は、“天才サッカー少年”としてクラブ史上最年少でプロ契約を締結したセレッソ時代を回想。同期には元日本代表レジェンド・香川真司もおり、柿谷氏が伸び悩みを見せる中、ゴールを量産していた香川の評価はうなぎ上りだったという。
これに嫉妬していた若き日の柿谷氏は、チーム内での居心地が悪くなり、やさぐれて遅刻を連発。トレーニングや全体会議には“ほぼ毎回遅れていた”といい、優等生な香川とは対照的な立場となった。
そうした中で迎えた2009年のJリーグ第20節・ファジアーノ岡山戦では、その香川と乾貴士の両エースが2人とも欠場し、ようやく柿谷氏に先発のチャンスが。これにプロ初の2ゴールという結果で応えた柿谷氏はエース不在の中で勝利に貢献。試合後、チームメイトの先輩からは“これで明日も遅刻しなかったら完璧!”と背中を押され、柿谷氏も「絶対しないです。ミーティングで一番前に座ります!」と意気込んでいた。
「挫折」から4年後に日本代表に選出
しかし、翌日も悪癖はなおらず、二度寝で遅刻。前日の2ゴールが頭をよぎり、「さすがに許されるだろう」とコーヒーを飲みながらクラブへ向かうと、その場で退団を告げられることに。当時チームを指揮していたレヴィー・クルピ監督が「もうチームに来ないでほしい。荷物をまとめて帰れ」と激怒していることをチームのスタッフから知らされ、そのままチームメイトにも挨拶できずに退団が決定。J2で3年連続最下位に沈んでいた徳島ヴォルティスへの移籍が発表された。
「柿谷氏がまだ15歳だったユース年代から面倒を見てきたセレッソが、サッカーの天才児を、ローンとはいえ、徳島へ放出したことは世間に衝撃を与えました。ただ、同期の優等生だった香川が活躍を続ける横で“闇落ち”していたという柿谷氏は徐々にサッカーではなくゲームセンターのメダルゲームに熱中し始めていたといい、『週に5〜6日は通ってました』『サッカー以外にのめり込むものを見つけてしまった。サッカーで誰も認めてくれなかったので、そんなことより早くゲームセンターって』と告白。そうしたモチベーションの低下が連日の遅刻につながったのでしょうが、柿谷氏の場合、そうした挫折がありながらも、現役中にみずからの過ちに気付き、衝撃の解雇から4年後には日本代表に選出されたほか、16年にはセレッソに復帰して120試合以上に出場しています。“やる気スイッチ”さえ押せば、いつでも天才のクオリティをピッチ上で発揮できていた点は、やはり潜在能力の高さが窺え、ネットでは『人ってなかなか変わるのは難しいってよく言うけど、柿谷は本当に変わった良い例』『この人ほどガチでリアルなしくじり先生はいない』『天才少年が一度挫折を味わうとそのまま這い上がることなく競技人生終わるケースも多い中、W杯日本代表メンバーにまでなったんだからポテンシャルはそれだけすごいってこと』などの反応がありました」(テレビ誌ライター)
同時期に香川と乾という2人の代表プレイヤーが在籍していたことも、柿谷氏のセレッソでのキャリアを良くも悪くも刺激していたのかもしれない。
(木村慎吾)
