東京をはじめ、関東近郊にある注目店を紹介する当連載。焙煎士や店主たちが教える“今、注目すべき”ショップをつなぐ、コーヒーリレーの旅へ。

第22回は東京都港区にある「KURO MAME Tokyo(クロ マメ トーキョー)」。ここは深堀絵美さんがMathieu Theis(マシュー・タイス)さんとともに展開するコーヒーブランド「MAME(マメ)」の日本初上陸店。スイス国内にカフェ・ロースタリーを6店舗(2026年5月現在)展開する「MAME」が国外進出を果たしたことで、コーヒーファンからの注目度はかなり高い。
今回は“世界一のバリスタ”深堀絵美さんに、コーヒーの世界に入ったきっかけやバリスタとしての輝かしい経歴、コーヒーと“体験”に価値を見出す東京店ならではの魅力について聞いてみた。

Profile|深堀絵美(ふかほり・えみ)
1987年、福岡県生まれ。進学を機にスイスへ渡り、旅行業に携わる。2015年に「Swiss Barista Championship(スイス バリスタ チャンピオンシップ)」での優勝をきっかけにバリスタに転向。現在は「MAME」(スイス・チューリッヒほか)の共同オーナーとして活躍している。バリスタとしては2015年から2021年にかけて、スイス国内や世界のバリスタ大会に出場し、優勝や上位入賞を果たした世界レベルの実力者。現在はコーチとして大会選手の指導を行うことも。2025年6月、虎ノ門エリアに「KURO MAME Tokyo」を開業。2026年夏にカフェ、冬(予定)には焙煎所と都内2店舗のオープンを控える。
■スイスではじまったバリスタの道

もともとはスイスで旅行業に携わる会社員だった深堀さん。ある日、焙煎所が開催するテイスティング会に参加したことが、コーヒーの世界に足を踏み入れるきっかけとなった。
「近所でたまたまテイスティング会が開催されていて、何気なく参加してみたんです。当時はコーヒーとは無縁の生活で、そこで初めてバリスタという存在を知ったくらい。豆の品種とか、抽出方法とか、ほとんど理解できなかったけれど、それでも不思議と惹かれるものがあったんです。そこでバリスタの方が『大会に出ればいいよ』と声をかけてくれて。半ば冗談だったと思いますけど、この言葉を間に受けて焙煎所に通うことにしたんです」

「焙煎所の方も快諾してくれてありがたかった。それから仕事終わりに毎日のように通うようになりました。エスプレッソマシンの使い方からラテアート、抽出などを教わりましたが、簡単そうに見えて、いざやってみると全然できなくて。しかも業務用のマシンなんて触ったことがなかったので、最初は怖かったですね。それでも『豆の種類や淹れ方ひとつで、こんなに味が違うのか』と、それが本当におもしろくて。もう夢中で、試しては飲んでの繰り返しでしたね。あまりにもハマって通い続けるもんだから、途中から『勝手に使っていいよ』と焙煎所の鍵を渡されていましたよ(笑)」
コーヒーの魅力に強く惹かれ、通い続けること約半年、徐々に技術を身に付けた深堀さん。それも当時バリスタから言われた大会出場を実現させるためであり、「出るからには少しでも技術がないと」という思いがモチベーションとなっていた。そして、いざ出場したスイスの国内大会では見事に優勝を果たしたというから驚きだ。

「大会で優勝できたのは本当にうれしかった。国内大会の優勝者には世界大会への出場権が与えられ、それにも参加しました。2015年にシアトルで開催された世界大会には70カ国以上のチャンピオンたちが集結し、世界レベルの技術を間近で見られました。出場者はみんな、豆に人生をかけてるような人たちばかり(笑)。国籍も人種も関係なく、みんながコーヒー好き。そんな人たちが一堂に会した空間が楽しくて、とても刺激になりました」
国内大会で優勝したことをきっかけに、2016年にバリスタへの転向を決意。ちなみに、その後も2018年には「World Brewers Cup 2018」で優勝するなど、さまざまな大会で素晴らしい結果を残し続けた。

バリスタとなって最初はカフェで勤務していたが、それが半年ほどで閉店してしまう。そして次の手として考えたのが開業だ。
「開業の道を選んだのは、私自身がコーヒーと出合ったみたいに気軽に楽しめる場所をつくりたいと思ったから。そこで大会基準の豆を使ったスペシャルティコーヒーが飲めたら、もっといいかなと思って自分たちでやることにしたんです。世界大会出場の経験も活かせますからね。そして2016年、スイス国内大会優勝者のマシュー・タイスさんと共同でコーヒーブランド『MAME』を立ち上げました」
もともとスイスは「ネスレ」の本社があることから、一家に一台「ネスプレッソマシン」があるとも言われるコーヒー大国。その一方で、スペシャルティコーヒー文化はまだ根づいていなかったため、深堀さんが掲げた“大会基準の豆を誰もが楽しめる場所”という革新的なコンセプトは徐々に現地の人々の支持を集めていった。

スイス国内で着実に知名度を上げたあと、満を持して日本に上陸した東京店。ここはスイスで展開するようなカフェスタイルではなく、テイスティングルームという独自のコンセプトを掲げている。そして特徴的なのがメニュー表が存在せず、すべてお任せスタイルで提供されること。
■会話から導き出す、“あなた”に最高のコーヒー

「『最高のコーヒーは、あなたが好きなコーヒー』をテーマに、東京店ならではのスタイルで営業しています。コーヒーを飲む、友人と語らう、空間を楽しむなどそれぞれの過ごし方がありますが、東京店はそんな場所だけでなく、体験そのものを提供するお店。あえてメニューをつくらないのもそのひとつで、味の好みや今日の気分などに合わせた“あなた”の一杯を提案しています。コーヒーを“選ぶ”のではなく、『こんなコーヒーがあるんだ』『実はこの味も好き』といった新しい“出合い”が楽しめる体験ですね」
店ではバリスタとの会話はもちろん、ときにはお客さん同士の交流が生まれることもあるそう。また外国人観光客の姿が多く、自身の国のコーヒー文化を語り合い、多言語が飛び交う空間となり、まるで旅先にいるような感覚。これもまた心に残る体験のひとつだ。

豆は深堀さんが各国の農園に出向き、ダイレクトトレードしたマイクロロットが中心。どれも世界大会で使われることも多い高品質なスペシャルビーンズで、常時20種類ほどそろっている。その多くは東京店限定であり、内容は日々入れ替わるため「今ここ」でしか飲めないプレミアム感を楽しめるのも魅力だ。

「豆の種類はパナマやコロンビアを中心にブラジル、エチオピアなどさまざまです。選ぶ基準はシンプルに『味』。ただ、その基準は生まれた国によって違っています。たとえば、東南アジアのほうだとパンチのある味を好む傾向がありますし、日本や台湾、中国ではお茶みたいな繊細さが求められることが多い。だからこそ、どんな味でも提案できるよう、バリエーションはかなり幅広くそろえています」

店内にはカウンター、椅子、ソファ席があり、座る場所によってコンセプト(=過ごし方)が異なる。そしてお店そのもののコンセプトを理解したうえでの来店が望ましいため、イートイン利用時は予約が推奨されている。席利用は原則1時間。店内ではバリスタやお客さん同士で会話を楽しむのもいいし、スマホを置いて窓辺でコーヒーを飲む、ただそれだけでもいい。どう過ごすかは人それぞれ。
一方で予約不要のテイクアウトメニューも用意されている。基本はエスプレッソ2種類で豆はシーズナルで変更。価格は600円台〜と比較的カジュアルなので、まずは気軽にテイクアウトで立ち寄ってみるのもおすすめだ。

深堀さんは最後にこう教えてくれた。
「今は世の中、情報過多でインプットが多い時代。忙しい時代だからこそ、ぼーっとする時間が必要だと思うんです。無になる時間といいますか、その片隅にコーヒーがあればいいなって」
都会の真ん中で世界レベルの一杯と向き合うひととき。そこにはきっと、まだ知らないコーヒーの世界が広がっている。一杯4000円〜と価格だけを聞けば驚くかもしれないが、実際に訪れてみると、そこには単に飲み物としての価格だけではなく、新しい出合いや楽しさに満ちた体験に対する価値も含まれていて、それは決して高くないと感じた。

■【深堀さんレコメンドのコーヒーショップは「Switch Coffee Tokyo - Meguro」】
「東京都目黒区にある『Switch Coffee Tokyo - Meguro(スイッチ コーヒー トーキョー メグロ)』。オーナー兼バリスタの大西さんは東京、オーストラリア、福岡と各地のコーヒー文化に触れ、技術を高めた人物。自家焙煎の豆のクオリティは素晴らしいですが、あくまで“街のコーヒーショップ”と気取らない店構えでカジュアルに利用できます。気軽においしいコーヒーとの出合いを楽しんでみてください」(深堀さん)
【「KURO MAME Tokyo」のコーヒーデータ】
●焙煎機/DIEDRICH (ディードリッヒ) 5キロ(半熱風式ガス)
●抽出/ハンドドリップ(ハリオスイッチ)、エスプレッソ(テンペスタ)
●焙煎度合い/浅〜中煎り
●テイクアウト/あり(600円〜)
●豆の販売/20グラム2500円〜 ※店内用の豆のみ
取材・文=GAKU(のららいと)
撮影=大野博之(FAKE.)
※記事内に価格表示がある場合、特に注記等がない場合は税込み表示です。商品・サービスによって軽減税率の対象となり、表示価格と異なる場合があります。

