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橋幸夫さん、舟木一夫、西郷輝彦さん“御三家”が放ったまばゆい光と漆黒の影 スターに課せられた試練と不屈の魂に迫る

橋幸夫さん、舟木一夫、西郷輝彦さん“御三家”が放ったまばゆい光と漆黒の影 スターに課せられた試練と不屈の魂に迫る

舟木一夫ら御三家を特集
舟木一夫ら御三家を特集 / ※提供写真

橋幸夫さん、舟木一夫、西郷輝彦さんが歩んだ栄光と挫折の道のりを、名曲と共に振り返る「ザ・偉人伝 青春の『御三家』 3時間スペシャル 橋幸夫・舟木一夫・西郷輝彦~栄光と挫折 スタアが流した涙~」(夜8:00‐10:54、BS朝日)が5月31日(日)に放送される。

■「ザ・偉人伝」とは

時代を彩った昭和歌謡の作詞家や作曲家、歌手などの波乱万丈な人生と名曲誕生の裏側に迫る音楽ドキュメンタリー。

今回は、日本が高度経済成長期を迎えた1960年代、彗星の如く現われ、瞬く間にスターの階段を駆け上がった橋さん、舟木、西郷さんを特集。戦後復興の象徴とも言える御三家が放ったまばゆい光と漆黒の影。スターがゆえに課せられた筆舌に尽くせぬ試練と不屈の魂に迫る。

インタビューは、田村亮、石田重廣(夢グループ社長)、松原智恵子、林与一、長谷川稀世、
瀬川瑛子、みといせい子、今川宇宙(西郷さん娘)、松本俊明(作曲家)、徳光和夫(フリーアナウンサー)ほかが出演。

■橋幸夫さん、歌い続けた生涯

幼少期に空襲で実家と店舗が全焼。戦後に青春時代を送り、学生時代はプロテストを勧められるほどボクシングに熱中した橋さん。母が遠藤実の歌謡教室に通わせたことがきっかけで歌の世界へと進んでいく。𠮷田正の弟子となり「潮来笠」でデビューを飾る。

デビュー曲が大ヒットし、日本レコード大賞新人賞を受賞。その年の紅白歌合戦に出場すると、17回連続で出場するなどスター街道をばく進。だが、コンサート中に軍刀を持った暴漢に切り付けられ、とっさに刃をつかんで握りしめ九死に一生を得る。

人気が低迷した昭和50(1975)年代。バラエティー番組をきっかけに復活し、平成2(1990)年、14年ぶりに紅白歌合戦に出場。平成30(2018)年、「君の手を」がオリコン演歌・歌謡ランキング1位を獲得。橋さんは命が燃え尽きるまで歌い続け、令和7(2025)年、82歳で生涯の幕を閉じた。
橋幸夫さん
橋幸夫さん / ※提供写真



■舟木一夫、色褪せぬ歌声

複雑な家庭環境の中で育ち、貧乏のどん底を味わう中、弟を幸せにするため歌手を志す。高校時代、友人に誘われ愛知・名古屋のジャズ喫茶へ。守屋浩を担当するマネジャー・堀威夫と出会い、高校3年の5月に上京、アパートで堀と共同生活を始めることに。

遠藤実に師事し、「高校3年生」でデビュー。その年の日本レコード大賞新人賞を受賞し、紅白歌合戦にも出場。以降、9年連続で出場し、高い人気を誇っていたが、父の死、弟の事業失敗と事故死など、度重なる不幸に見舞われ、どん底へ。

不遇の時代を送る中、平成3(1991)年、デビュー30周年に向けて精力的に活動し、中高年女性のアイドルとして人気が再燃。2025年は35都市をめぐるコンサートツアーを完走。幅広い層から根強いファンを集め、2027年に芸能生活65周年を迎える。

■西郷輝彦さんによる芸能界への執念

ジャズ好きの兄の影響で歌手を夢見る一方で、石原裕次郎さん、小林旭らに憧れ、映画会社5社のニューフェイスに応募するも落選。高校を中退し、鹿児島からヒッチハイクで大阪へ。オーディションに落選するも審査員の口利きでバンドボーイとなる。

昭和39(1964)年、デビューを果たし、「君だけを」が60万枚の大ヒット。続く「十七才のこの胸に」もヒットし、日本レコード大賞新人賞を受賞。紅白歌合戦にも出場し、「涙をありがとう」「星のフラメンコ」などヒットを連発するが、次第にヒットから遠ざかってしまう。

そんな時期を超え、デビュー30周年を機に歌手活動を再開。平成12(2000)年に、御三家が再集結。平成13(2001)年に全国100カ所以上でコンサートを行ない、ファンを熱狂させた。その後、病と闘いながら歌手活動の復帰をめざしていたが、令和4()年、75歳でこの世を去った。
西郷輝彦さん
西郷輝彦さん / ※提供写真



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