菊川怜さん離婚後「もう自信がない」苦悩打ち明けると…故・小倉智昭さんと交わした最後の言葉

俳優・タレントで三児の母である菊川怜さんが、10日放送の『徹子の部屋』(テレビ朝日系)に出演。子育てと離婚、そして芸能界の恩人への思いを明かしました。

■長男、次男、長女の性格は「全員違う」

菊川怜さんは2019年に41歳で第一子を出産。2020年に第二子、2022年に第三子が誕生しています。

黒柳徹子さんが「長男6歳、次男4歳、長女3歳。大変~!」と振ると、「年齢が近くてみんな小さいので。もう大騒ぎで」と菊川さん。特に子どもたちの送り迎えは、三方に散ってしまうと大変で、「手は二つしかないので、もう、口で指令を飛ばしながら」送迎しているそう。小学1年生になった長男は少し下の子を見てくれるようにもなり、「危険じゃないか見ていて」とお願いするなど、意識づけをしているところだといいます。

性格は見事に全員違うといい、「長男は慎重で場所見知り、人見知り」「次男はマイペースでおっとりしているけれどひょうきんなところがあって、たまに笑いの神が降りてくることがあって面白い」「末っ子が長女で、強めのおてんばな自己主張が激しいタイプ。危険なことにも臆さず壁をよじのぼってしまったりするので、目が離せない」と明かしました。

最近は20時には子どもたちと一緒に就寝して朝までしっかり眠る生活で、朝、少し早く起きて自分時間を持つようにしているそう。以前は子どもが寝たあとにデスクワークなどをしていた時期もありますが、そうすると頭が冴えて寝付けなくなるので、子どもと一緒にストンと寝たほうが効率がいいと気づいたそうです。

■『怜ちゃん、大丈夫。大丈夫だよ』

黒柳さんが「41歳の時が初産だったんですって。どんなでした」と尋ねると、「赤ちゃんが出てくる前に胎盤が子宮から剥がれちゃって。そうすると赤ちゃんに血液がいかなくなって、低酸素になって、母子ともに危険な状態になるっていう。私、出血が2リットルぐらいありまして」「本当に母子ともに命の危険があるような出産でした」と、常位胎盤早期剝離で命がけだった初産について告白。

その経験を踏まえて第二子を産むときに「怖くなかった?」と聞かれると、「ちょっと怖かったんですけれども。でも先生にご相談したら、そんなに2人目だからパーセンテージが増えるということでもないっていうふうに、すごく納得のいくような、安心できる説明をしてくださって。なので、この先生を信頼しよう」と覚悟を決めて出産に臨み、結果的に「2人目はちょっと楽になって。3番目はもっと楽になりました」と、母子とも無事に出産を終えることができたといいます。

親になり、子どもの気持ちを待つことの大変さが身に染みてわかったという菊川さん。子育てで悩んでいたとき、励ましてくれたのが、5年3カ月にわたり朝の生放送番組で一緒に司会を務めた小倉智昭さんでした。

小倉さんは「すごく親身になっていろいろ相談にのってくださった。芸能界で唯一、悩みを相談できる方。亡くなる直前まで励ましてくれた」そうで、特に菊川さんが離婚後の落ち込んでいたとき「小倉さんも闘病されていて、おつらい状況なのに。『ちょっともう自信ないです、元気でやっていけるかわからないです』と言ったら、『怜ちゃん、大丈夫。大丈夫だよ』と」励ましてくれたのだそうです。

菊川さんが小倉さんと交わした最後の言葉はその「大丈夫」だったといい、「今でもへこたれたときは小倉さんの言葉を思い出して前向きに……恩人です」と声を詰まらせ涙を浮かべながら、感謝の思いを述べました。

配信元: マイナビ子育て

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