ネロが見たかった絵②『キリスト昇架』
ルーベンス『キリスト昇架』, Public domain, via Wikimedia Commons
ネロが観たいと思っていた『キリスト昇架』と『キリスト降架』は、いずれもアントウェルペンの聖母大聖堂に飾られている作品です。
ルーベンスは北方バロック芸術家の代表的な芸術家です。
この作品がきっかけとなり、当時イタリアを中心ですでに花開いていた絵画のバロック様式がネーデルラントに広まることになりました。
バロック様式とは、16世紀末から18世紀の間にヨーロッパで広まった芸術様式の1つ。少し前の時代に興ったルネッサンス様式に比べると、秩序をあえて崩し強烈な明暗を表現することで、劇的な印象を与える点が特徴。
『キリスト昇架』では、イエスが十字架にかけられるシーンを描いています。
作品は3枚のパネルから構成されており、描かれている内容は次の通りです。
| 中央 | まさに十字架に架けられているイエス |
| 左 | 悲嘆に暮れる聖母やマグダラのマリアなど |
| 右 | イエスとともに磔刑に処される2人の罪人 |
強烈な明暗と劇的な場面構成は、バロック期の特徴をよく表しています。
「キリスト昇架」という主題は、アルプス以南(つまりイタリア)ではあまり描かれませんでしたが、ネーデルラントやフランドルではしばしば目にする主題です。
人類の罪を背負い、十字架にかけられるイエス。
中央では、イエスとそれを担ぐ人々によって、作品が左上から右下にかけて大きく斜めに分断されていることがわかります。大胆な構図は、バロック作品によく見られる特徴の1つです。
描かれた一人ひとりに注目すると、今まさに重い十字架が持ちあげられようとする瞬間の躍動感が伝わりますね。力を込めて十字架を押している(または引いている)男性陣とは対照的に、イエスの身体はだらりと弛緩している対比が印象的です。
バロック様式の要素以外にも、ルーベンスがイタリア留学を通して見たものがこの『キリスト昇架』には取り入れられました。
それは、16世紀にローマで発掘された古代の彫刻『ラオコーン』です。
参考:『ラオコーン』 Vatican Museums, Public domain, via Wikimedia Commons
ルーベンスは『ラオコーン』の筋肉質で美しい身体から影響を受け、キリストの身体を描いたと言われています。
ネロが見たかった絵③『キリスト降架』
ルーベンス『キリスト降架』, Public domain, via Wikimedia Commons
『キリスト降架』は『キリスト昇架』とは反対に、イエスが十字架から降ろされるシーンを描いた作品です。
ルーベンスはまず『キリスト昇架』を1611年に完成させ、その後すぐに『キリスト降架』の制作に取り掛かりました。
こちらも3枚のパネルで構成されており、内容は以下の通りです。
| 中央 | 十字架から降ろされるイエス |
| 左 | イエスを身ごもる聖母マリア |
| 右 | 抱神者シメオンがまだ生まれたばかりのイエスを抱いたシーン |
先ほど見た『キリスト昇架』とは反対に、今度は右上から左下に斜めに構成されています。『キリスト昇架』の荒々しく十字架を打ち立てるシーンに比べるとイエスを囲む人々は穏やかに彼の身体を包んでいます。
イエスを十字架にかけた人々の野蛮さとイエスを十字架から降ろす人々の穏やかさ。この2つの作品は単に美しいだけではなく、対比することでイエス殉教の物語を感覚的に伝える役割があります。
『キリスト降架』も『ラオコーン』の影響を受けていると言われ、精気を失った人間の身体のずっしりとした重さが、周囲の人に支えられている様子が伝わりますね。
参考:ルーベンス『キリスト降架』中央パネル, Public domain, via Wikimedia Commons
実際、『ラオコーン』は左から「まだ生きている人」「生死の境にいる人」「ほとんど息絶えている人」という生から死への移行を表現していると言われます。
イエスの十字架刑においては、精気のある状態で張り付けられた『キリスト昇架』と、息を引き取った状態で降ろされた『キリスト降架』の肉体表現の違いを感じることができます。
