脳トレ四択クイズ | Merkystyle
神保町には、いいカレー店同様、いいカフェも多い。理由は簡単、書店が多い町にいいカフェが少ないはずがないのだ。|小野寺史宜

神保町には、いいカレー店同様、いいカフェも多い。理由は簡単、書店が多い町にいいカフェが少ないはずがないのだ。|小野寺史宜

散歩が好き、川が好き、定食屋が好き、喫茶店が好き。そんな小説家が、家賃5万円以内で住める町を探して、東京23区全部歩いて綴った『銀座に住むのはまだ早い』。その発売を記念して、いくつかの区のエッセイをご紹介します。

*   *   *

東京二十三区に住みたい。と昔から思っている。

三十年思っているのに、まだ住めない。僕は今も千葉県にある家賃五万円弱のワンルームに住み、毎度江え 戸ど 川 がわを渡って東京へ向かう。住みたいと思ってるからいいや、いつか住むからいいや、との怠惰な甘えがあったのかもしれない。

というわけで、ちょっと真剣に考えてみることにした。

二十三区のなかで、自分はいったいどこに住みたいのか。

答はすぐに出る。一番住みたいのは、二十歳のころから愛してやまない中央区の銀座。でも笑っちゃうくらい家賃は高いだろうから、それもなかなか難しい。

では。今とさして変わらぬフロトイレ付き家賃五万円ならどこに住めるのか。

二十三区の平均家賃は八~九万円だと聞く。無理は重々承知。

SUUMOで区ごとに検索してみた。賃料が上限五万円。絞り込み条件でチェックを入れるのは、ワンルーム、と、管理費・共益費込み、と、定期借家を含まない、だけ。つまり、そこそこ長く住む意思はある、が前提。

で、住める町に行ってみることにした。実際に住める町なのか、探索してみることにした。

第一回は、千代田区。いきなり難所を選んだ。

例えば新宿区や渋谷区は繁華街の印象が強いが、住む人が多い印象もある。が、千代田区にその印象はない。今どこ住んでんの? 千代田区。そんな会話をしたこともない。

そこはさすがに千代田区。僕にいきなりのルール破りを強いた。上限五万円では該当する物件がなかったのだ。

次の次、上限六万円でどうにか見つかった。

広さは三畳強。でも、あった。あんのか、と驚いた。

その物件がある町、神保町へゴー!

日本橋地区に日本橋○○町が多いのと同じで、神田地区には神田○○町が多い。ちなみに、中央区日本橋、は存在するが、意外にも、千代田区神田、は存在しない。まあ、それはいい。

今回は、神保町。正しくは、神田神保町。

神保町は曲者だ。ちょっと行くと、御茶ノ水、水道橋 、九段下。もうちょっと行くと、大手町まち。その名を冠するくらいだから、神田も近い。神田界隈 にたゆたい、なかなか全貌をつかませない謎の町。僕自身、どこからどこまでが神保町なのか、よくわかってない。その辺りに勤めている人たちも案外そうだと思う。

まずは町の輪郭をつかむべく、外周を歩いてみる。神保町駅A2出口から、いざスタート!

と言ったそばから、懐かしさのあまり、ディスクユニオンに入ってしまった。神保町店があるのを知らなかった。大学生のころは、お茶の水の各店によく行ったものだ。レコードやCDを何枚も売った。何百枚かもしれない。あぁ。バイト以外はほぼ何もせずに過ごしていたまさに怠惰な大学時代。

というその懐かしさは五分で断ち切り、探索コースに復帰。

靖国通りを左に曲がって錦華通りに入り、神保町の東端を北上。また左に曲がって、日大経済学部三号館のわきを通る。初めから知らなければそれが大学とは気づけない。もうオフィスにしか見えない。

近辺には、日大法学部や専修大や共立女子大もある。志望学部がなかったので僕は受験しなかったが、当時、都市部にある無機質なビル校舎に不思議な魅力を感じてはいた。

自分の小説のなかにも、日大経済学部卒と想定した人物を何人か出している。この辺りに大学があると、東京を舞台にした小説を書くうえでとても便利なのだ。JR中央・総武線に東京メトロ半蔵門線、都営三田線に新宿線、と四線もつかえるから。よくよく考えたら、専修大の学生さんも共立女子大の学生さんも出している。いい場所に校舎を建ててくださった各大学に感謝。

さらに歩いていくと、公園らしきものが見えた。ここはぜひ見ておきたい、と初めから狙っていた場所。そちらへ向かい、入ってみる。

千代田区立西神田公園。ブランコやすべり台などの子ども向け遊具のほか、健康遊具もいくつかある。砂利が敷かれた、それなりに広い公園だ。

物件からもすぐ来られる。住むならこれが近くにあるのはいいな、と思った。健康増進を図れるから、ではない。何というか、存在そのものがいい。そこにいれば、空がちゃんと見えるのだ。

これはかなり重要。こんな町でも、屋外にいれば空は見える。でもそれらはたいてい、高い建物でジグザグに縁 ふちどられた狭い空だ。かえって息苦しさを感じさせるそれ。だからこうして、ある程度まとまった空を見られるのはいい。そしてそれがアパートの近くにあり、常に意識できることが大事。

今度は、神保町の西端を南下。首都高速5号池 いけ袋 ぶくろ線沿いの道だ。

首都高の下が川。これも東京ならおなじみの風景だろう。陽が遮られるので、水面はいつも深緑に見える。

日本橋にかかる高架はいずれ取り払われるらしいが、首都高がすべて地下に潜り、この手の川がすべて陽に照らされる日は来るのだろうか。そんな東京が見られるなら見てみたい。

ぐるっとまわって戻った靖国通りを渡り、大手町寄りのほうへ。

それだけで、何というか、空気は変わる。町そのものが変わり、あちらにはまだありそうだったワンルームはほぼなさそうな感じになる。

こちらが、まあ、一般的に、神保町、と認識されるゾーンだろう。

出版社のビルも多い。だから僕もたまに来る。逆に言うと、たまにしか来ない。編集者さんとは打ち合わせでよく会うが、出版社の建物内で会うことは意外とないのだ。

と言ってみて、不安になる。もしかしたら、そんなのは僕だけだったりして。ほかの作家さんは結構招かれてたりして。応接間のフカフカソファで編集長さんとコニャックとか飲んでたりして。

というその不安は二分で断ち切り、久しぶりに神田古書店街を歩く。これら各書店は、陽が当たって本が傷 いたまないよう北向きに建てられているらしい。

初めてここに来たのは、今から四十年ほど前。父と一緒だった。僕が本をたくさん読むので、この辺りをよく知っていた父が日曜日に連れてきてくれたのだ。

小学校の高学年。僕はすでに一般向けの文庫本を読み漁あさる小生意気な子どもになっていた。

古書店街に来て、思った。うぉっ! 安っ!

そのころ、古書店はまだ多くなかった。大きな店はなかったし、小さな店も、どの町にもあるという感じではなかった。だから文庫本をまとめて安く買えるのはありがたかった。

カバーがないものだと五十円、本当に古いものだと十円だったりした。当時は消費税もなし。十円なら十円。

おそらくは店主さんの字で、50、や、10、と、どこか投げやりに値段が書かれているのが新鮮だった。いちいち、円、まで書いてられないんだろうな、と思った。本に直 じかに書いちゃうのかよ、とも思ったが。

とにかく安かったから、何冊も買った。子どもなりの大人買い。千円でも十冊くらい買えた。カバーなしの分厚い『グリーン家殺人事件』(ヴァン・ダイン著)まで買った。内容に関する記憶はないから、読まなかったのかもしれない。ものとしての古本自体に魅せられていたのだ。たぶん。

と、そのあたりでやや遅めのランチタイム。

神保町はカレー激戦区だと聞く。僕もカレーは好きだが、そんなに食べないので、残念ながらあまり詳しくない。このときも、ナンおかわり自由! の文字に誘われ、アシカさんというお店に入った。

食後はまた少し歩き、タンゴが流れるカフェ、ミロンガ・ヌオーバさんへ。そこではマンデリンを頂いた。

神保町には、いいカレー店同様、いいカフェも多い。それはまちがいない。簡単な理屈。

書店が多い町にいいカフェが少ないはずがないのだ。

と偉そうなことを言ってはいるが、カフェ巡りみたいなことを、僕はあまりしない。いい店があったらずっとそこに行く。ただし、入り浸 びたりはしないし、常連にもならない。距離を保つことで、店とのいい関係も保つ。って、うるせえよ。と自分で言いたくもなるが、やはりそうしてしまう。

最後に一つ。

実は神保町とは縁がある。今は神保町よしもと漫才劇場となっている旧神保町花月で、

『片見里、二代目坊主と草食男子の不器用リベンジ』の芝居を上演していただいたのだ。

自作の舞台化や映像化はそれが初めてだったので、うれしかった。役者は若手芸人さんたち。お笑い芸人さんは場を自分の空気にするのがうまいな、と感心した。

何年か前のそれに続き、今回のこれ。

ちゃんと空もある。本の香りもある。

神保町は好きな町になった。

もうね、住めますよ。

配信元: 幻冬舎plus

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