
40代でお笑い芸人を志し大ブレイクしたエド・はるみさん。その後、50代で慶應義塾大学大学院に入学し、現在は筑波大学大学院博士後期課程に在学中です。さらにトライアスロン完走や二科展入選など、年齢にとらわれず挑戦を続ける姿が注目を集めています。
そんなエドさんが、エッセイ集『今日がいちばん若いから 年齢を吹き飛ばす生き方』を発表しました。本書には、彼女が困難や不安に直面するたびに、自らを奮い立たせてきた心の支えとなる言葉や考え方が綴られています。
今日はそんなエッセイの中から、吉本興業の養成所に入った頃をご紹介します。エド・はるみさんは年の離れた若者たちの中、どんな思いでお笑いを学んでいたのでしょうか。
人は「環境」で育まれ花開く
吉本の養成所である東京校だけでも、同期の人数は約5〜600人。そこにはさまざまな若者が集まっていました。この養成所では一年間、月〜金の週五日、朝から晩まで多くのカリキュラムが組まれ、笑いの勉強を実践で学びます。
ネタ見せの授業もあり、それは限られた時間の中での人数となるため、毎回朝早く来てクジを引き、それに当たった八組ほどだけがネタを先生に見てもらえるシステムでした。そのクジに当たる運も、また実力のうち、と言われていました。
ほかには〈感情表現〉の授業もあり、人前で瞬時に先生の手拍子と同時に、喜怒哀楽を思い切り表現してみせます。これは、恥ずかしさを捨てる訓練です。
また、漫才は二人の距離を近くして話芸をするため、口臭が無いかをチェックされるというユニークな時間もありました(これも実は大事。まさに現場主義です)。とにかく実践。即戦力を目指す授業が盛り沢山です。
しかしそんな厳しさに耐えられず、入学当時5〜600人いた仲間は次第に来なくなり、一年後の卒業時にはその半分の200人くらいに減ってしまいます。それが、毎年の常だったようです。
こうした一年間の養成所の授業料は、2005年当時40万円(税込)です。この金額を高いと感じる生徒もいたようですが、私はこの金額を授業全体のコマ数で割ってみました。すると授業一コマ当たり、たった2〜300円だったのです。
こんな現場主義の、真に実践的な授業をこの値段で受けられるなんて、本当に感謝しかありません。
若いということは、素晴らしいです。ただ、ついこの間まで学生だった状態からは、こうした「環境」を、一コマ当たりたった2〜300円という金額で自分が手に入れられている奇跡に、気付ける人はそう多くないと思います。なぜならまだまだ経験が少ないからです。
人から何かを学べることのありがたさ。しかも多くの仲間たちと一緒に、です。そこにはライバルが多勢いるため、嫌というほどお互いが刺激し合い、触発され、お尻を叩かれ、そして己の尻に火がつくのです。こうした環境は心底ありがたいことでした。なぜなら、一人ではなかなか尻に火はつかないからです。
“偉人”と呼ばれる世界の名だたる作家や画家たちは、決して一人部屋に閉じこもり作品とだけ対峙していたのではなく、意図的に多くの時間を仲間たちと交わり、切磋琢磨して名作を生み出していた、という説があるそうです。
私は今でも、「あのとき決意して吉本の養成所に入って本当に良かった。私の二十年という孤独で暗闇ばかりだった人生を、あのエネルギー溢あふれる若者や先生達と共に戦った怒涛の一年が、まさに私の人生を拓いてくれた」と心から感謝しています。
人は“環境”で変わります。“環境”を変えるには勇気が要ります。しかし勇気を出してその環境を選んで飛び込んでみると、そこからまた思わぬ新たな人生の幕が開いて行くのです。

プロフィール
エド・はるみ……17歳で映画デビュー。明治大学文学部卒業後、劇団「円」の養成所を経て、約20年間女優として活動を続けるが、2005年に笑いの道に転じ、吉本興業の養成所の門を叩く。2008年に持ちネタの「グー!」で、数々の賞を受賞のほか、流行語大賞を受賞。長年の夢であった24時間マラソンランナーにも選ばれ、当時女性最長だった113kmを完走。2016年4月に慶應義塾大学大学院の修士課程に入学し2018年修了。2023年4月には筑波大学大学院の博士課程に合格して入学し在学中。現在、難関の博士号取得を目指し研究を続けている。
※本記事はエド・はるみ著の書籍『今日がいちばん若いから 年齢を吹き飛ばす生き方』から一部抜粋・編集しました。
著=エド・はるみ/『今日がいちばん若いから 年齢を吹き飛ばす生き方』

