
6月9日に放送された「プロ野球 レジェン堂」(毎週火曜夜10:00-10:55、BSフジ)。今回のゲストはPL学園の4番打者として春夏連覇を達成し、北海道日本ハムファイターズで主軸として活躍したレジェンド・片岡篤史だ。MCの徳光和夫、遠藤玲子とともに、高校時代の秘話やプロ入り後の知られざるエピソードを語った。
■PL学園への強い憧れ…周囲の反対を押し切って名門へ進学
番組冒頭、プロ野球ニュースでの共演も多い遠藤が「片岡さんがいらっしゃれば、その日は安心です」と語ると、片岡は照れ笑いを浮かべた。徳光も「無口な人」というイメージがあったと語る一方で、片岡のわかりやすくて面白い解説に感心しているようすだった。片岡自身も「皆さまのおかげで、色々なことを話すようになったとは思う」と振り返り、和やかな雰囲気の中で番組はスタートした。
京都で育った片岡は、1978年にPL学園が2試合連続の逆転サヨナラ勝ちで初優勝を果たした姿に強い衝撃を受けたという。小学3年生でリトルリーグに入ると、2歳年上の清原和博の規格外のホームランにも驚かされた。甲子園への思いが人一倍強かった片岡は、中学では軟式ではなく硬式のシニアリーグを選択。中学3年時の試合で2本塁打を放ったことがきっかけで、PL学園のスカウトの目に留まることになる。
しかし、当時は両親を含めて周囲の多くがPL学園進学に反対していたという。片岡はその理由について「辞めて帰ってくるのが怖かったんでしょうね」と推察。それでも決意は揺るがず、反対を押し切って名門校へ進学する。入学後に目の当たりにした桑田真澄、清原の「KKコンビ」はテレビに映るアイドル以上に輝いて見えたと語り、“あれ以上のときめきはない”と断言するほど強烈な憧れだったことを明かした。
■立浪和義の一言で変わった野球人生
片岡の同級生には立浪和義、野村弘、橋本清ら全国屈指の実力者がそろっていた。入学前には特集記事が組まれるほど注目を集めていた世代だったが、その中に自分の名前がなかったことで不安も感じていたという。
中学時代までショートだった片岡は、同じポジションに立浪がいたため早々に断念。高校2年時には監督やコーチの指示でファーストへコンバートされた。秋には背番号3を与えられてレギュラーとなったものの、打撃不振に苦しんだため打順は7番。徳光が「えっ?4番じゃないんですか?」と驚くのも当然だが、片岡は「全く打てない選手だった」と当時を振り返った。
そんな片岡に転機をもたらしたのが、キャプテンだった立浪とともに取り組んだ「落ち葉はき」。立浪から「自分で徳を積め」と言われた片岡は、毎朝5時45分からの掃除を地道に継続したという。
すると続けるうちに目の前のことに無我夢中で取り組む“無の境地”へ達し、“運を味方につける”考え方を学んだという。その後は高校3年夏の大会で全試合4番として出場し、打率.565を記録。PL学園の春夏連覇に大きく貢献した。
■数々のライバルに刺激を受け続けた野球人生
高校で目覚ましい活躍を見せたものの、当時の片岡はプロ入りを意識していなかったため同志社大学へ進学。大学2年には関西学生野球連盟の春季リーグで首位打者を獲得し、3年秋には明治神宮大会優勝も経験した。大学通算100安打・10本塁打という成績を残してプロ入りの目標は達成した一方で、同学年の田口壮が123安打の連盟最多記録を樹立。常に高いレベルのライバルの存在が刺激になっていたようだ。
1991年ドラフトで日本ハムから2位指名を受け入団すると、1年目から開幕スタメンに抜てきされた。当時の土橋正幸監督について片岡は“圧強め”だったと証言したが、「使っていただいたということで恩人ですよね」と感謝を口にする。開幕戦では工藤公康からプロ初安打を放ち、バッターボックスでカーブを投げ込まれた際には「感動しましたよ」と当時の興奮を語った。
1年目の7月には月間MVPを獲得し、ジュニアオールスターにも選出された。まだ“鈴木一郎”だったイチローとチームメートになった際、「おまえいいバッティングしてるな。レギュラーになれるからがんばれよ」と助言したというエピソードも披露。片岡は「(いま考えれば)よう言うたなと思いますよ」と苦笑いを浮かべる。
5年目の片岡は打率.315を記録したものの、首位打者は打率.356のイチロー。片岡が打率争いのランキングには「必ず彼がいました」と語るように、プロ入り後もライバルの存在が大きかったことがうかがえる。イチローという別格の存在に徳光は「2位でも1位みたいなものですね」とフォローすると、片岡も「そう自分では思ってます」と応じてスタジオを沸かせた。
PL学園時代の壮絶な競争や立浪との交流、そしてプロ入り後に出会った数々のスター選手との逸話が飛び出した今回の放送。豪快な打撃でファンを魅了した片岡だが、その裏には地道な努力や人との出会いによって培われた精神力があったことがよく分かる内容だった。野球人生をユーモアたっぷりに振り返る片岡のトークは軽快で、随所に感じられる人柄の良さも印象的だった。

